中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

北陸新幹線で



「かがやき」のほうが速かったが

 昨日まで(6月29、30日)今年、金沢まで開通した北陸新幹線で金沢に行ってきました。 金沢へは46年ほど前に大学受験のために行きましたが、とても良いところだったので、もう一度行ってみたいと、ずっと思っていました。 今度、46年ぶりにそれが実現出来たというわけです。

 あまり詳しくわからず、というか、よく考えずにネットで旅行会社に申し込んだので、往復とも、各駅停車的な 「はくたか」 になってしまい、ちょっと時間がかかってしまいました(3時間ちょっと)。  「かがやき」の方だと2時間30分弱のようです。


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上野駅を出発する北陸新幹線の「はくたか」 




46年前に大学受験で行った

 さて、金沢といえば、私にとっては46年前、1969年に大学受験のために行ったところとして、強い印象と記憶があります。 以前にも当ブログで書きましたが、 私の実家は栃木市(当時は栃木市外)で、栃木駅から両毛線(普通列車)で、高崎に行き、そこから信越本線の急行「白山」で金沢まで行きました。

 栃木市から乗り継ぎ時間も含めれば、10時間以上という長旅で、まだ若い頃でしたが、さすがにお尻などが痛くて、辛い思いをしました。 もちろんこんな長い旅も、また一人旅も、生まれて初めての経験でした。




冬の日本海は暗くて、大荒れだった

 長野を過ぎると、だんだん雪深くなり、妙高高原付近では、その雪が覆いかぶさるように積もっていました。 冬の日本海は、まさに暗く、大荒れで、波しぶきが泡のようになって海岸に押し寄せていました。

 それを見ていると、いっそう気持ちは暗くなってゆき、 「自分はどこに向かっているんだろう? この先どうなるんだろう? 自分の行動や、選択はどこか間違っているんだろうか?」 なんて気持ちになっていた記憶があります。



その時とは打って変わり、穏やかな日本海

 それに比べて、今回は快適な旅です。 心配した天気 (なんといっても梅雨真っ盛り!)も問題なく、また当時の直角の背もたれのイスとはまるで違うリクライニングだし、乗っている時間も常磐線を含めても4時間とちょっと。 また一人旅でもなく、自分の将来に関わることもない(事故や、事件などに巻き込まれなければ)・・・・・ 

 新幹線はほとんどトンネル、または海岸線からは離れたところを通りますが、時折見える夏の日本海はとても穏やか。 のんびりした旅といった感じです。


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夏の日本海はとっても穏やか・・・・  といってもこの写真は新幹線から写したものではなく、能登半島で写したもの。 写真はあくまでイメージ・・・




真っ先に向かったのは金沢城石川門

 金沢に着いて真っ先に向かったのは石川門。 石川門というのは江戸時代から残っている金沢城内の建造物だそうですが、 46年前に受験で行った時には、金沢大学が金沢城跡にあり、大学へはこの門をくぐってゆきました。 でも、すごいですよね、大学の門が国の重要文化財だなんて!

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金沢城石川門。 金沢城としては裏門にあたるそうだが、金沢城としては江戸時代から建造物の一つらしい。 国の重要文化財となっている。 かつては金沢大が金沢城跡にあり、学生などはこの門をくぐって、キャンパスに入った。




 また、この門の反対側には日本3大名園の一つの”兼六公園があります。 まさにこのあたりは金沢の観光名所の中心部といったところです。 46年前の受験の時には、兼六園下でバスを降りて、坂道を上り、さらに橋を渡り、その石川門をくぐって大学内の試験場に向かいました。



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石川門橋  かつての金沢大学(現在金沢城公園)へはこの橋を渡って入った。



大学の看板を見上げ、合格は決まったようなものと思っていたら

  試験は3日間行われましたが、初日は絶好調! 「もう合格は決まったようなもの」 と2日目に、足も軽々と坂道を登り、橋のたもとにある大学の看板の近くに来ると、その向こうに見える石川門を見上げながら、

  「どうやら自分はここに来ることになりそうだ・・・・  それにしてもいいところだな、まるで観光地みたいだし・・・・・ 」 なんて思っていたら、 突然、地と空が反対!  ・・・・・少し遅れてお尻に強烈な衝撃と痛み。 




(よそ者+革靴+よそ見) × (金沢+雪+坂道) = ?

 しかし、それは当然といえば当然。 当時地元の人は、冬にはオシャレに着飾った若い女性だろうが、誰だろうが、足元はゴム長靴(ブーツなどではない)。 革靴など履いているのは間違いなくヨソモノ。 その革靴で雪の坂道をよそ見しながらボーっと歩いていれば、それは結果は見えている!

 周囲には多くの受験生が歩いていたのですが、そのひっくり返って雪まみれになっている受験生などまったく関心ないといった様子で、誰一人私の方を振り返る人もいませんでした。

 私も、お尻はとても痛かったのですが、痛がることも、またズボンなどに付いた雪を払うことも出来ず、ただ、何事もなかったかのように起き上って、橋のほうに歩き出しました。 ようやくズボンに付いた雪を払う気になれたのは、石川門をくぐる頃だったと思います。




一人、落ちたな

 「よりもよって大学の看板のほぼ真下で”すべる”なんて、縁起でもない! これって試験に”すべる”ってことか、そんなバカバカしいこと、本当にあるわけがない、雪で”すべって”試験に”すべる” ・・・・  そんなの、出来すぎだろ!」 と思ってみたが、この2日目から調子はガタ落ち! 得意なはずの物理や数学も絶不調!   おそらくすべって転んでいる私を見た多くの受験生は、「これで、一人落ちたな」 と思ったことでしょう。




当時の面影は残っていた

 さて、そんな私にとっての 「運命の坂」 へもう一度行ってみたい・・・・・ というのが今度の金沢旅行の最も大きな目的です。 その坂なども、ずいぶん昔の話なので、今現在ではだいぶ違っているのではと思いましたが、重要文化財ということもあってか、実際に現場に行ってみると、当時の面影など、確かにありました。

 もちろん今は重要な観光名所として、だいぶきれいに整備され、また今では大学は別のところに引っ越して、かつて受験場になっていた大学の校舎などはすべて取り払われ、金沢城公園となっています。 しかし、石川門、石川門橋、およびそこに向かう坂道など、ほぼ当時のままでした。


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右側の大きな樹の左側に石川門が写っている。 だいたいこの辺で46年前に踏み固められた雪で滑ったと思う。  当時、写真左側のの樹木のあたりに金沢大学の看板があり、石川門に通じる橋(石川門橋)がある。 まさに私は金沢大学と書いてあるカンバンの真下ですべったことになる




思った以上に傾斜があった

 その坂道を、46年ぶりに改めて登ってみると、思ったよりも傾斜があり、この坂道が冬季に雪で踏み固められれば、確かに滑りやいでしょう。 間違っても革靴で歩くところではないと思いました。

 しかし、もしその当時、この坂道が雪で踏み固められていなかったら、 あるいは私が地元の人と同じく長靴など履いていいれば、 その時は、間違いなく(?)私はこの大学に入っていたでしょう。




残念ながら茨城大学入学ということになったら、ギター三昧の生活をしようと思っていた

  私は金沢大学の他に茨城大学などを受験しましたが、ガイド・ブックなどで、事前に茨城大学にはギター部があると言うことを知っていました。 もし残念ながら(?)、この茨城大学に入ることになったら(結局そうなったわけですが)、まず、ギター部に入り、ギターを楽しもうと思っていました。



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坂を上から撮ったもの。 改めて登ってみると、思った以上に傾斜があった。 この坂道こそが、私と皆さんを結び付けた”運命の坂”



皆さんと私を結び付けた運命の坂

 一方予定通り(?)金沢大学に入学した場合は、しっかりと勉強するつもりでいました。 つまりこの坂で私がすべらなかったら、私は、この水戸の地に来ることもなかったし、ギター教師などにもなっていなかったことになります。 つまり皆さんとは、出会うことともなかったということになります。 この私にとっての”運命の坂” は、皆さんと私を結びつけた ”運命の坂” でもあったのでしょう。  
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