中村俊三 ブログ

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バッハ・シャコンヌ再考 13   バッハの無伴奏曲 2



和声的、対位法的なな無伴奏ヴァイオリン曲を作曲したのはバッハだけではない

 前回は、バッハ以外のバロック時代の作曲家がどのような無伴奏ヴァイオリン曲を書いていたかと言うことを書きました。 しかし実際には楽譜などの情報が少なく、検証出来たのはテレマンの「12の幻想曲」のみとなってしまいました。

 そのテレマンの作品の場合でも、無伴奏のヴァイオリンのために、バス・ラインをしっかりと確定した和声的なものや、バッハの場合と規模や質が違うにせよ、フーガなどの対位法的な作品なども含まれていました。

 つまり、バス・ラインを伴うことや、フーガを書いたと言うこと自体が、バッハの無伴奏曲の最大の特徴ではなく、同時代の他の作曲家も、そうした曲を書いていたと考えられます。




「極めて高度な和声的、対位法的な作品」 とは具体的にどういうことか

 それでは、バッハの無伴奏ヴァイオリン曲の特徴とは何かと言うことになると、たいへん難しいことになります。 一般の解説書的に言えば、 「バッハは、通常単旋律楽器である、ソロ・ヴァイオリンのために、極めて高度な和声的、対位法的な作品を書いた」 ということになりますが、では、具体的にどういうことなのかと言うことを、これから考えてゆきましょう。 



バッハしかやらなかったこととは

 また、バッハと言う人は誰にでも出来ることにはあまり興味がなく、バッハ自身しか書けない曲を書くことが自分の仕事だと考えていたふしがあります。 とすればこの無伴奏ヴァイオリン曲の中で、絶対にバッハしかやらないことを探り出せれば、バッハの音楽というものが多少なりとも見えてくるのではと思います。

 


アダージョ(ソナタ第1番)

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無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番アダージョ(音楽の友社版)




和声的な要素しかない曲

 バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番ト短調の「アダージョ」と、同第2番イ短調の「グラーベ」は曲の感じがよく似ています。 ギターでは第1番のほうもイ短調で演奏することもあり、そうなると途中の部分など、どっちがどっちだか、ますますわからなくなります。

 どちらも形としては次のフーガへの序奏的で、舞曲のように定まったリズムはなく、フーガなどのように複旋律的でもなく、言ってみれば和声法的な要素しかない曲と言えます。 




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和音と和音に挟まれる音階的なパッセージは、ほとんど拍の頭から始まらない。 また転回形(オン・コード)が非常に多いのも特徴。




ちょっと気になる3拍目の和音

 譜面はソナタ第1番ト短調の「アダージョ」のほうですが、譜面では♭が1個しかなくニ短調に見えますが、これは当時の習慣としてフラット系の短調の場合、♭を1個少なく書くからで、最初の和音を見れば分かる通り、まぎれもなく「ト短調」の曲です。


 ちょっと気になるところとしては、最初の小節の3拍目の和音(下からラ、ソ、ド)です。  普通の見ると、この「ラ、ソ、ド、」の和音は属和音の属和音、つまり 「Am7」 に見えます。 もちろん実際はそうではなく、内声部にある「ソ」は”係留音”で、この和音は係留音を含む属7の和音の転回形 ・・・・・コード・ネームで書けば  ”D7sus4/A” となるでしょう。 




一つの和声進行に二つの意味?

 そう考えると和声全体としては主和音から属7の和音に変わっただけで、ごく当たり前の和声進行となります。 でもそれにしてもだいぶ凝っていますよね、第一、この「ラ、ソ、ド」の和音、つまりD7sus4/Aは、何も低音を「ラ」にしなくても良いはず、転回形でない「レ、ソ、ド」でもよいのではないかと思います。

 もちろんそれをあえて「ラ」にしたのは、はっきりとした理由があるはず。 それはやはり最初に言った通り、この形にすると、一見”属和音の属和音 、いわゆる ”ドッペル・ドミナント” になるからでしょう。

 次の小節でははっきりと属和音、つまりD7になる訳ですが、その和音への5度進行的にも聴こえるからだろうと思います。 バッハは一つの和声進行が二つの意味を持たせたのかも知れません。 いずれにせよ、この「ラ、ソ、ド、」の和音はなにか緊迫感のようなものが感じられます。




なぜ音階は拍の頭から始まらない?

 バッハは合理性を重んじるので、仮に音価を自由にとって演奏してよい箇所でも、音符の長さは譜面上矛盾しないように書きます。  この最初の小節の下降音階の最後の2音が横棒1本多い ”64分音符” になっているのはそうしたことのためとも考えられますが、でもそれだったら音階の出だしを ”タイ” にするのではなく、そこから音階を始めてしまえば、すべて横棒3本の ”32分音符” で書けることになります。

 そう言えば他の小節でも音階部分は拍の頭からは始まらず、ほとんどの場合、音符1個分後から始まり、音階の最後の方はたいてい短い音符となっています。




和音の緊張感をいっそう高めるため

 なぜバッハは和音の間に入る音階をこのような形にしたのか、ということは皆さんもお分かりかも知れませんが、音階をリズム的に不安定なところに置くことにより、次の和音への圧迫感のようなものを作り出すことが出来るからでしょう。

 その行き着く先の和音は不協和音になっていることも多く、その和音の緊張感を、より一層高めているのでしょう。  この曲は漠然と聞いても、たいへん緊張感のある曲に聴こえますが、そうした緊張感はこのようなことから作られているのでしょう。




オン・コードが多い

 また、譜面にも書いたとおり、この曲では和音の転回形、つまりオン・コードが非常に多いということも目立ちます。 この「オン・コード」というのは結構 「クセモノ」 でポピュラー曲などのコードを耳コピーする時、このオン・コードが出てくるとよくわからなくなってしまいます(もちろん基本的には聴音力不足による)。

 結局どうにもわからなくなって楽器屋さんでコピー譜を立ち読みしたら、結局オン・コードだったなどということがよくありました。 もっとも、今はもう耳コピーなどはあきらめて、最初からコピー譜を買うか、ネットでダウンロードしてしまいます。




作曲上の制約を楽しんでいた?

  ちょっと話がそれてしまいましたが、転回形が多いということは、仮に基本のわせい進行は単純であっても、響きは複雑になります。 バッハの無伴奏ヴァイオリン曲に転回形が多いのは、1台のヴァイオリンという、演奏上の制約からでしょうが、その制約を逆手にとって、これまでにない音楽を作り出しているとも言えるでしょう。

 どうも、バッハはこうした作曲上の種々の制約を楽しんでいたふしもあるようです。 これと同様なことは、他のいろいろなケースで見られます。 これもバッハと言う音楽家の多くな特徴の一つと言えるのではないかと思います。




じゃない方のソナタ?

 バッハの 「ヴァイオリン・ソナタ」 というと、この無伴奏ヴァイオリン・ソナタの他に、チェンバロ伴奏の付いた ”無伴奏ではない” 6曲のソナタもあります。 こちらはバロック時代の典型的なヴァイオリン・ソナタ、つまり非常にオーソドックスなソナタで、たいへん美い曲です。 

 曲の内容からすれば、こちらの”正式な”ヴァイオリン・ソナタの方が人気があってもいいはずですが、しかし、多くのバッハ・ファンや音楽ファンは、耳にとってはあまり優しくない”異端児”の無伴奏ソナタを好んで聴いているようです。 この”伴奏付き”のソナタのほうも若干触れておきたいと思いますが、それはまた次回にしましょう。

 
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