中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

自分の音を聴くのはそんなに簡単ではない

 普通に考えれば、自分で弾いているギターの音は、自分が誰よりも楽器に近いところで聴いているわけですから、一番よく聴こえるはずです。なお且つ自分の意思で、自分の指で弾いているわけですから、CDの音聴くのとは大違いです。ところが実際には、「自分で自分の音を聴く」ということはなかなか難しいことです、それが出来ればギターがずっと上手になるはずなのですが。


現実の音、内なる音

 オーケストラの指揮者は何かの楽器を弾くわけではなく、他の人が弾いた音を「聴く」ことが仕事で、いわば「音を聴くプロ」ということになります。でもある有名な指揮者の話によれば、優秀な指揮者と言えど、いつも自分の指揮しているオーケストラが出している音を正確に聴き取っているとは限らないのだそうです。指揮者がオーケストラを指揮する時は、まずその指揮者がイメージした音、すなわちその指揮者の中での「内なる音」があります。指揮者はリーハーサルなどの際に、それと現実にオーケストラから出される音と照らし合わせ、その違いなどをオーケストラのメンバーに伝えます。「そこはクラリネットもう少し落としてください」とか、「そこの32分音符はもっと短く」などというように。ですから指揮者は現実の音を聴くだけでなく、それと同時に、自分の中の「内なる音」も聴きながら指揮しているわけです。場合によっては「内なる音」に集中するために、現実の音をあまり聴かないこともあるんだそうで、あるいはそれらの二つを混同してしまったりもすることもあるようです。確かに「現実の音」は正確に聴かなければなりませんが、その指揮者自身の中にある音楽というのはもっと大事なもので、指揮者という職業は、単純に今「鳴っている音」を聴くということだけでは済まされないものなのでしょう。


名指揮者の場合は

 「内なる音」を優先させるべきか、あるいは「現実の音」を優先させるべきかは、「理想主義」か「現実主義」かとか、「主観的」か「客観的」かみたいな話ですが、これを実際の有名な指揮者などに当てはめれば、典型的な「内なる音」優先タイプとしては往年の名指揮者、フルトヴェングラーが挙げられると思います。こういう指揮者の場合は団員がちょっとミスをしたとしてもそんなに気にしないでしょうし、また「ここのところの弾き方どうすればよろしいでしょうか」と技術的なことを団員に聞かれても「そんなこと自分で考えなさい! そんなこと私に聞く暇があったら、私の音楽を理解するように努めなさい! それがあなたの仕事です!」なんて言うかも知れません。その反対の「現実の音」優先と考えられるのはドイツの名指揮者カール・ベームなどかも知れません。ベームの演奏は腕利きの家具職人のごとく、音楽をスコアどおりに寸分の狂いもなく仕上げる感じですが、話によれば団員がミスした時など怒り狂って罵声を浴びせかけるのだそうです。ベームにとってはミスなど絶対にあってはならないことなのでしょう。特に新人など立場の弱い人には厳しいのだそうですが、古参の団員、あるいは同郷(オーストリアのリンツ)の団員などには優しいそうです。もちろんこれも、どちらのタイプがいいかなどとは単純に言えない問題でしょう。


やっぱり意欲の問題

 話がちょっと遠くなってしまいましたが、ギターを演奏する人も両方いて、自分の理想のイメージを追いかけるタイプの人と、実際に出ている音をしっかりと聴くタイプの人がいます。また男女でも若干違いがあるようで、私がこれまでレッスンしてきた限りでは、女性のほうが現実に出された音をよく聴いているようで、それに比べ男性の方が自分のイメージに「のめり込む」タイプの人が多そうです。初級や中級の場合でしたら、確かに自分のイメージを追いかける人よりも現実の音をよく聴く人のほうが上達は速いでしょうが、最終的段階ではやはりその人の音楽的イメージが大事になりますので、やはりどちらがいいとも言えません。ただ自分の中に音楽的イメージがあるということはその人の「意欲の強さ」とも繋がりますので、最後の最後にはやはり意欲のある人が上手になるでしょう。もちろんそういう人は「現実の音」をよく聴くということがとても大事になりますが。
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