中村俊三 ブログ

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<バッハ・シャコンヌ再考 21>


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再開します

 このカテゴリも、いよいよバッハのチャコーナ本体の話になるところで、長い中断が入ってまいました。 難しい問題に、やや恐れをなしてしまった点はありますが、再び勇気をふり絞って再開したいと思います。



バッハがチャコーナを書いた動機

 これからバッハのチャコーナについて再度、具体的に考えてゆくわけですが、まずバッハがこのチャコーナを書いた動機などから探ってゆきましょう。 もちろん本人がこの曲を書いたきっかけや、動機などについて語ったものなど残されていませんから、様々な状況から推測してゆくということになります。



バッハは変奏曲を作曲するのを好まなかったということは前に書いたが

 バッハはチャコーナやパッサカリアなどの変奏曲を作曲するのを好まなかったということは、これまでも述べてきました。 そのことはバッハの弟子のひとりのフォルケルが語っています。

 また実際にバッハが残した変奏曲は非常に少なく、主要な作品としてはこのチャコーナ以外はオルガンのための 「パッサカリアとフーガハ短調」 と 「ゴールドベルク変奏曲」 しかありません。 しかしこれらの作品は音楽史上、稀な傑作となっています。



書く以上は自分にしか書けないものを書く

 これらの曲が極めて内容の充実した傑作となったのは、ある意味必然的のような気がします。 バッハは傑作を残すべくして残したとも言えます。 バッハには”ありきたり”のチャコーナや変奏曲を作曲する意志はなかったでしょう。



なぜソロ・ヴァイオリンのためにチャコーナ書いたか

 この3曲の傑作は無伴奏のヴァイオリン、オルガン、チェンバロと、それぞれ違った楽器のために作曲されています。 「パッサカリアとフーガ」がオルガンで、「ゴールドベルク変奏曲」がチェンバロというのはよくわかるのですが、 チャコーナがなぜ無伴奏のヴァイオリンのために作曲されたかは、ちょっとわかりにくいところかも知れません。


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なぜバッハは不向きと思われるソロ・ヴァイオリンのためにチャコーナを書いたのか?



その制約を楽しみ、逆手に取って、これまでにないチャコーナを書いた

 パッサカリアと同様に ”低音主題を持つ変奏曲” であるチャコーナは独奏楽器であれば、オルガンかチェンバロ、またはリュートなどに書くのが自然です。 しかし「バッハの無伴奏曲」の記事でも書いたとおり、バッハは、まるでその窮屈さを楽しむかのように、1台のヴァイオリンのためにフーガや、極めて和声法的なプレリュードを書いています。

 無伴奏ヴァイオリンのために書かれたチャコーナにしても、その制約を逆手にとって、それまでの一般的なチャコーナをはるかに超えたチャコーナを生み出したということでしょう。



確かに同時代の他の音楽家には書けない曲を書いたが

 バッハには、それまでの常識を打ち破る作品を書く意図は十分にあったと思いますが、その一方で、先人たちが築きあげた伝統と技法をしっかりと踏襲しています。 バッハは、現在の私たちにとってはバッハと同列に語るのは、若干躊躇してしまうかも知れない同時代の音楽家たち、 テレマン、ヴィヴァルディ、ブクスデフーデ、ヘンデルなどをたいへんリスペクトしていました。




同時に、他の音楽家たちをリスペクトし、代々引き継がれてきた伝統を継承した

 バッハの先輩にあたるブクスデフーデを尊敬していたのはもちろん、テレマンやヴィヴァルディの作品を書き写したり、編曲したりしていましたし、また結局は実現しなかったようですが、ヘンデルに合えるのをとても楽しみにしていたようです。 リューティストのヴァイスにも敬意を払っていたようです。



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アントン・ヴィヴァルディ  我が国のバロック音楽の権威、皆川達夫氏は 「わたしがいまだかつてヴィヴァルディの音楽に感動したことがない」 と言っていたが、バッハ自身は、かなりの数のヴィヴァルディの協奏曲をチェンバロやオルガンに編曲して演奏していた。



 もちろん、代々伝えられてきたバッハ家の伝統や音楽技法も一身に受けていたでしょう。  そうした伝統をしっかりと踏まえた上で、これまでにはなかったものを作る、まさにそれが伝統芸術といったものなのでしょう。 




和声法には厳格

 確かにバッハの作品は創造性溢れたものですが、他の作曲家以上に、バッハは和声法を極めて厳格に守ったとも言えます。 決してバッハの作曲の仕方は奇をてらうようなものではありません。



息子の家に行くにも都合を聞いて、手土産を持ってゆく?

 バッハの作曲の仕方を見ると、”息子の家に行くにも、事前にアポイントとり、都合を聞き、かならず家族にお土産をもってゆく” ような律義さが感じられます。 和声進行で例えば、その調の固有の和音、つまり家族の一員のような和音に進む場合でも、ちゃんと手続きを踏んで進むといったことです。 



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バッハの息子の一人、カール・エマヌエル・バッハ  本当に息子の家に行くのに、必ず手土産を持って行ったかどうかはわからないが、でも、バッハならありそうな気がする。



 もちろん本当にそうしたかどうかはわかりませんが、バッハは家族を大事にしたのは確かなようです。 バッハの中では、和声進行とは、ニュートンと万有引力のごとく、絶対的な法則の基に行われるものと考えていたかのようです。



伝統芸術の王道

  和声法など、伝統的な作曲技法を厳格に守りながらも、新しいことを創造してゆくという、バッハの作曲の仕方は、まさに伝統芸術の王道と言えるでしょう。 
 





 
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