中村俊三 ブログ

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バッハ・シャコンヌ再考 32


<ヴァイオリンでの演奏>


 順序が逆になってしまいましたが、最後にオリジナルのヴァイオリンでの演奏、録音ついてコメントしてゆきます。 バッハの無伴奏ソナタ・パルティータは名曲中の名曲ですので、録音は数知れず存在するでしょう。 もちろん私の手元にあるのはその中のごくわずかですが、それでも⒑数種類ほどあります。 それらを録音古いものから順に紹介してゆきましょう。

 



ヤッシャ・ハイフェッツ(1911~1972)   1952年録音


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卓越した技巧で知られた往年の名手

 ハイフッツは20世紀半ばに活躍したヴァイオリンの名手で、その卓越した技巧と堅固な音楽で知られています。 メンデルスゾーンやチャイコフスキーの協奏曲の録音は今でも名盤に数えられています。



テンポは速いのに、1音1音は長く聴こえる

 それ等の協奏曲の演奏と同じく、テンポは全体に速めですが、32分音符など、細かい音符になるといっそう速くなり、”凄さ” を感じさせます。 またアルペジオなどは、テンポが速いのに1音1音が長く聴こえます。 まさに名人芸の極みといえるでしょう。 

 また、和音を弾く時は、通常では低音弦から高音弦に向かって弾きますが、ハイフッツの場合、上(高音弦)から下(低音弦)だったり、上から下に行って、さらに中央に戻るとか、かなり複雑な弓使いをしているようです。 ヴァイオリンの演奏技術のことはよくわかりませんが、ハイフッツの弓使いは特別なもののようです。




バッハにポルタメントなど、もっての外?

 さらに特徴的なのはヴィヴラートとポルタメント(グリサンド)でしょう。 ヴィヴラートはバロック時代でも用いられたと言われていますが、今現在バッハの曲にポルタメントを用いて演奏する人はいません。 おそらくバッハの時代でもあり得なかったでしょう。 

 「バッハにポルタメントなど、もっての外!」 と憤る方もいるかも知れませんが、逆に言えば、こうした往年のヴィルトーゾ的な演奏スタイルでバッハを演奏する人はいませんから、たいへん貴重な演奏とも言えます。 あまり目くじらを立てずに、 「こうした演奏をした時代もあったのかな」 と名人芸を楽しむのも一つかなと思います。



改めて聴くと、やはり凄い

 ハイフェッツのバッハは後述する同世代のヴァイオリニスト、ヨーゼフ・シゲティに比べると、音楽評論家などの評価はイマイチですが、改めて聴いてみるとなかなか面白く、凄い演奏だと思います。 モノラル録音ですが鑑賞するには十分なもだと思います。

 




ヨーゼフ・シゲティ(1892~1973)  1955年録音


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今まで理解出来なかったが

 シゲティのバッハの演奏は大変評価の高いもので、その精神性まで語られています。 またその一方では技術の不足や音色の美しくない点などが語られこともあります。

 私もこのCDはだいぶ前から持っていたのですが、買った当時はあまり理解出来なかったのですが、今回、改めて聴いてみると、確かに素晴らしい演奏だと思いました。

 演奏時間 15:59 と、かなり遅めですが、聴いていて冗長さは感じられず、一つ一つの変奏やフレーズが新鮮に感じられます。 シゲティは1音1音区切りながら弾く感じで、そうした点は現在のオリジナル楽器系の演奏者と共通する点があります。 ハイフェッツと同じくポルタメントを使用しているのですが、その使い方は限定的で、使うところは使うが、使わないところは使わないと、はっきり意識的に使い分けているようです。




非常によく考え抜いて演奏している

 聴き進めてゆくと、シゲティは各変奏の、特徴、各変奏の関連性、さらに曲全体の構成などを、非常によく考えて演奏しているようで、場当たり的なことはほとなどなさそうです。 私のことで恐縮なのですが、これまで私がこのチャコーナについて述べてきたことと近いことを、音で表現しているようにも感じます。




バッハの音楽を深く追究すれば

 多くの著名なヴァイオリニストが ”バッハの作品を用いて、ヴァイオリンの音楽を行う” といった感じなのに対し、シゲティの演奏は、まさに ”ヴァイオリンを用いて、バッハの音楽を行う” といった感じがします。

 「このヨレヨレの演奏のどこがいいんだ」 と思う方もいるかも知れませんが、バッハの音楽を深く追究すれば、こうした演奏になるのかなと思います。 ハイフェッツの演奏とは全く逆の方向で、凄い演奏でしょう。 このチャコーナを演奏しようとする人は(その楽器によらず) ぜひとも聴かなければならい演奏のような気がします。







アルトゥール・グリュミオー(1921~1986)  1960年録音


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ハイフェッツの演奏スタイルとは全く違う

 グリュミオーのチャコーナは私が最初に聴いたヴァイオリンの演奏なので、個人的にも愛着があります。 世代的にはハイフェッツとあまり変わりませんが、演奏スタイルは全く違います。 20世紀半ば頃から、過去の作曲家の作品を演奏する場合は出来る限りその作曲家の意図に沿った演奏をしなければならないといった考えが一般的になり、このグリュミオーの演奏もそうしたものの一つと言えます。



グリュミオーは新時代のヴァイオリニスト?

 最もわかりやすいことでは、ハイフェッツの演奏では目だっていたポルタメントは一切ないということでしょう。 この時代(1960年代)からみると、ハイフェッツの演奏は旧時代のヴィルトーゾ的な演奏で、グリュミオーは新しい時代のヴァイオリニストといったところでしょうか。



書かれた ”譜面” に忠実

 この時代(1960年代)ではよく ”原典に忠実に” ということが言われていました。 しかし ”原典に忠実” といっても、今現在の21世紀的な考えとはだいぶ異なります。

 この時代の原典に忠実ということは ”譜面に忠実” と言った意味が強く、演奏者の主観を排して完璧に楽譜通りに、といった意味が強かったようです。 特に ”楽譜に書いていないことはやってはいけない” といった考えも強かったようです。

 勿論冒頭のテーマの付点4分音符も完全に1拍半で演奏していて、また、バッハの書いた譜面では、スラーやスタッカートなどの記号は非常に少ないのですが、グリュミオーは独自の解釈でアーテキュレーションを付けることはしていません。



カラヤンやベームも同じ演奏スタイル

 こうした演奏スタイルはカラヤンやカール・ベーム、バッハの演奏には定評のあったカール・リヒターなどにも共通するものがあり、いわば ”1960年代的演奏スタイル” といえるでしょう。



現代では、当時どのように演奏されていたかを考えて演奏する

 現代(21世紀)でも ”原典に忠実” という考えは同じなのですが、ただ、今現在は、書かれた譜面に忠実というより、 ”バッハの時代にはどのように演奏されたか” ということ第一義的に考えています。

 つまり18世紀に書かれた譜面を20世紀的な読み方をして演奏したとしても、当然のことながら、当時演奏されていたものはだいぶ違ってしまいます。 18世紀に書かれた譜面は18世紀的な読み方をしなければならない、それが現代的、あるいは21世紀的な演奏スタイルと言えるでしょう。 その”現代的” な演奏については後でまたお話します。
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