中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

<バッハ・シャコンヌ再考 35>


ラチェル・ポッジャー  1997~1999年録音


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半音低いピッチ、音の後の方を大きくしている

 ポッジャー(Rachel Poger) の録音は ”バロック・ヴァイオリン” と明記してあり、ピッチもクイケン同様に半音程度低くなっていて、オリジナル楽器を意識したものとなっています。 

 ノン・ヴィヴラートなのは他のオリジナル楽器奏者と同じですが、他に、はっきりとした特徴としては各音、特に長い音の後の方をクレシェンドしている点でしょう。 これはオーケストラではノリントンなどがやっています。 当時はそうした習慣もあったのでしょうか。

 テンポは13分台と中庸で、ほぼイン・テンポです。 多くのヴァイオリニストが長い音符はより長く、短い音符はより短く演奏する傾向がありますが(各部分の特徴をはっきりさせるため)、ポッジャーは、そうしたことはあまりやっていません。 アーテキュレーションは控えめですが、適宜に行っています。 装飾音も、また控えめに加えられています。 

 なぜかトラック順がBWV番号通りでないので個別の曲を聴く時に迷ってしまいそうです。 特にゆっくり弾いている訳ではなさそうですが?


  



ベンヤミン・シュミット  1999年録音

 

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なんとなくギターぽい

 シュミットの演奏もノン・ヴィヴラートで、やはりバロック時代の演奏様式に従った演奏といえます。 ただしピッチはほぼ442で、私たちが行っているものと同じです。 同じようにオリジナル楽器系の演奏といっても、前述のポッジャーの演奏とはかなり違い、一つ一つの音は比較的短く奏され、もちろん後の方を大きくするようなことは全くありません。

 音の出だしを強く弾いて、短く切るような弾き方で、何となく私たちのギターの演奏に近い感じです。 もしかしたらリュートをイメージしているのかも知れません。 テンポも速め(12:43)で、きびきびとした演奏で、 ”さっぱり系” のチャコーナといえるでしょう。 

 しかし中間部(ニ長調)のテーマでは音量をおとし、音を切らずにレガートに歌わせており、また、ヴィヴラートもしっかりとかけているところもあります。 シュミットの演奏は、オリジナル楽器系の演奏と言えるのは確かですが、それほど型どおりと言う訳ではありません。






ギドン・クレーメル  1981年、 2001~2002録音


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1980年の録音



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2001~2002年の録音




2度録音しているが、全く違った演奏

 クレーメルは1980年と2001~2002年と2度、このバッハの無伴奏ソナタ&パルティータを録音していますが、2001~2002年のほうを中心にコメントします。

 1980年の時の録音は ”従来の演奏法” を踏襲したような感じで、テンポの速い、きびきびとした演奏でしたが、特徴などはそれほどはっきりしていませんでした。 しかしこの20年後の録音はまるで違う演奏になっています。

 その後、オリジナル楽器系の演奏が一般化し、その影響を受けたのは間違いありませんが、それ等をただ受け入れるだけでなく、あくまで自らの感性と考えに照らし合わせた上で演奏しているように思えます。
 


個性的で確信に満ちた、非常に強い表現

 音は比較的短く区切られるだけでなく、非常にはっきりと発音され、それぞれに音が極めて強い存在感を感じます。 また各部分に応じて音質や強弱は、非常にはっきりと弾き分けられ、それ等の意味合いを聴き手に強く印象付けようとしている感じです。

 聴いた印象としてはシゲティに近いような気もします。 個性的で、確信に満ちた演奏といえるでしょうか、間違いなく21世紀のバッハの名盤の一つでしょう。






イサベル・ファウスト  2009~2011年録音


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なんとなく中性的なビジュアルだが、名前が哲学的


今やバロック的演奏が標準となっている

 21世紀になるとバッハの演奏はオリジナル楽器系の演奏が標準となってきたようですね。 2000年以降はヴィヴラートをたっぷりとかけ、音を書いている音符いっぱいにのばし、朗々とヴァイオリンの音を聴かせる演奏のCDは新たに発売されないようですね。

 これからはあえあ ”オリジナル楽器系” とか ”バロック時代の演奏様式を踏まえた演奏” などという前書きは不必要なのでしょう。 そうでない時だけ ”20世紀的演奏” とか ”近代のヴァイオリン奏法による演奏” などと形容すればよいのかも知れません。
 
 と言った訳で、この演奏もノン・ヴィブラートで、音を区切り、やや速めのテンポで弾く、オチジナル楽器系の演奏です。 しかしピッチの方は半音下げずに、だいたい442くらいのようです。 



ノン・ヴィブラートだが美しい

 ノン・ヴィブラートですが、音はたいへん澄んだ美しい音です。 ノン・ヴィブラートの音はゴマカシがきかないだけに、そのヴァイオリストの持っている音が素直に出てしまいます。 つまり本当に美しい場合は澄んだ美しい音が出るが、そうでない場合は、そうでない音が出る、まあ、スッピンみたいなものでしょうか(例えに問題があったかな?)。

 テンポは表示を見ると12:26と、確かに速めですが、テーマのような長い音符も、32分音符のパッセージも同じテンポで演奏しているので、聴いた感じではもっと速く感じます。 強弱や音色の変化はほとんど付けていませんが、装飾音も適度に加えています。 あくまでも ”バロック時代” 的な演奏法に徹していますが、美しい演奏です。





五嶋みどり  2013年録音


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予想は完全に裏切られた

 2913年録音ということで、私が聴いたCDの中で最も新しいものです。 発売は去年か、今年でしょう。 聴き出して、まずは予想を完全に裏切られました。 五嶋みどりの演奏は、これまでパガニーニのカプリースで知っており、無意識にそのパガニーニでの演奏の音を予想していました。 あるいは同じように女流天才ヴァイオリニストのチョン・キョンファとか、加藤知子とかの演奏をイメージしていたかも知れません。

 よく考えれば ”今やバロック的演奏が標準” と私自身で言っている訳ですから、当然のことなのでしょうが、 プレーヤーから聴こえてきた音は、ポッジャーやファウスト同様、ノン・ヴィブラートのオリジナル楽器系の音です。




近代的奏法を全身に受けてきたはずだが

 五嶋みどりは、当然のことながら幼少時から ”近代的ヴァイオリン奏法” で育って来て、頭から尻尾までその演奏法が染み渡っているはずです。 それ等を否定してこのような弾き方でバッハを演奏するのは、そんなに簡単なことではないのでは、つい、余計な心配をしてしまいます。

 こうしたことを、何の問題もなくたやすくやってきたのか、それとも血のにじむような努力をしたのかは、全くわかりませんが、 このCDから聴こえてくる演奏の印象は、こうしたことを極めて自然にやっているということだけです。



清潔感や透明感だけではない

 ノン・ヴィブラートの音も、ただ清潔感や透明感が取り柄といったものではなく、音のふくらみもあり、また色彩感、色気、セクシーさ(同じ言葉かな?)といったものも伝わってきます。 12:20 と速めのテンポで弾いていますが、前述のとおり、ふくらみのある音と演奏なので、あまり速さは感じません。

 テンポや音量は、目立つようには変えていませんが、重要な音と軽い音でそれぞれウェイトを変えていて、バス・ラインから音楽を構成するといった感じも聴こえてきます。



客にだされるのは、ただおいしい料理だけ

 このオリジナル楽器の演奏が普及しだした頃(1980年頃)のクイケンの演奏では、内容の前に、その演奏様式感のほうが全面に出てしまっていたのですが、この五嶋みどりの演奏では、基本的には同じことをしながらも、その様式感は厨房の中だけに留まり、来店客(聴き手)の前に出されることはありません。 客に提供されるのは、ただおいしい料理だけということになります。

 この ”バロック時代の演奏様式を踏まえた演奏” と言うものが始まってから30年を過ぎ、今やバッハの演奏もここまで進化したのかなと思いました。
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