中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

 
<ギターとの出会い>


小学校に入学するちょっと前

 私が小学校に入学するちょっと前(おそらく昭和31年頃)だったと思います。「兄ちゃんがバヨリン買って来た、でっかいバヨリン買って来た」と当時小学生だった姉の声がします。 その声がする土間の方に行ってみると、その姉が土間の棚の方を指さしています。その棚には60ワットの裸電球に照らされた、白っぽい大きな布の袋が乗っていました。「あれ、バヨリンだぞ、バヨリン。 知ってか、バヨリン」と姉が言うと、少し離れたところから「触んじゃねえぞ」とその14才上の兄の声がしました。その兄は当時20歳くらいで、近くの工場に勤めていました。流行にはわりと敏感な方だったのでしょう、ギターを弾くなど、当時の若者としては最先端だったのかも知れません。
 これが私がその後一生を共にすることになる道具との最初の出会いでした。最初の出会いは手に触れることもなく、また直接会いまみえることもなく、2メートルほど離れた布の袋越しに行われました、しかも正しい名で呼ばれず。



フレットに叩きつけるような

 しばらくしてその楽器は「ギター」と呼ばれているものだとはわかりましたが、それに触ったり、弾いたりすることはありませんでした。兄はしばらくすると栃木市のギター教室に通いようになりました。先生は荒川義男という人で、のちに南米に渡り、フォルクスローレの大家、ユパンキに師事してソンコマージュと改称し演奏活動をしています、ご存知の方もいるかも知れません。
 最初のうちはカルカッシ教本などをやっていたと思います。もちろん当時はそれが何だかわかりませんでしたが、大学のサークルでカルカッシ教本をやった時、聴いたことのある曲がかなりあったので、たぶんこの時聴いていたのでしょう。その兄は多少弾けるようになると、弾く曲は当時はやりの歌謡曲中心になり、それも弦をフレットに叩きつけるような弾き方で弾くので、それがうるさくてたまらず、兄がギターを弾きだすといつも逃げ出していました。



パッケージにギターのイラスト

 そんな訳で小学校の高学年になるまでは実際にギターを弾くことはなく、またその音が好きということもなかったのですが、家にギターがあるのはなんとなく嬉しく、また友達にも自慢でした。私にとってギターは、その当時家の中にある唯一の文化的な道具というイメージがあったのでしょう。
 小学校2年生の頃だったと思いますが、「ギターパス」というクレパスを持っていて、ただ紙のパッケージにギターのイラストがあるだけなのですが、それがとても気に入っていて、大事にしていた記憶があります。



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