中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

飛鳥宮



電動自転車で飛鳥をめぐる

 纏向駅でJR線に乗車し、桜井駅で下車。 そこからタクシーで近鉄線飛鳥駅へ。 飛鳥は電車やバスの便はよくないので、飛鳥駅で自転車を借ることにしました。 電動自転車に乗るのは初めてで、それほど普通の自転車と変わりありませんが、乗り出しの時に、急に加速する感じになるので、気を付けなければなりません。 そう言えば、新聞に最近の電動アシスト自転車は ”アシストし過ぎ” と書いてありました。


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高松塚古墳

 まず、飛鳥駅に一番近い高松塚古墳に寄りました。 場所がよくわからなかったので、一度通り過ぎてしまいましたが、そんな時も電動自転車だと残念さも薄らぎます。 普通の自転車だったら、あきらめてそのまま次の目的地へ行ってしまったかも知れません。

 また、車だと目的地の比較的手前で駐車しないといけないのですが、自転車だとほとんど目的地のそばまで乗って行けます。 確かに飛鳥は自転車が便利に出来ています。


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 高松塚古墳は、これまで見た崇神天皇陵などに比べると、かなり小さいものですが、きれいに整備されています。 この古墳は壁画が有名なのですが、それは見ずに次の場所へ移動しました。




天武、持統天皇陵

 次は天武、持統天皇陵です。 この両天皇は夫婦で、当時、天皇夫妻が同じ墓に入るのは珍しかったそうですが、天皇陵といっても古墳時代ではないので比較的小さな円墳です。



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 この両天皇の時代は、壬申の乱などを経て、天皇の力が最も大きくなった時代で、 万葉歌人、柿本人麻呂が、 「大君は 神にしませば 天雲の 雷の上に いほりせるかも」 と歌ったように、”神である天皇” の概念が生まれ、そして我が国が ”倭国” から”日本” に変わった時代と言われています。

 ”天皇を国家元首とした日本国” は今日まで続いているわけですが、その礎を築いたのが、この両天皇の時代と言われています。 すごい天皇夫妻の墓にしては、ちょっと地味ですが、そこがいいところなのでしょう。






飛鳥板蓋宮

 そこから1~2キロ(たぶん)くらい、細い道を入ったりしながら、今回の旅行の2番目の目的地、飛鳥板蓋宮跡に着きました。 案内などはあるので、比較的迷わず行けました。 



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3代の天皇によって宮が置かれたところだが、相変わらず私たち以外に訪れる人はいない



3代の天皇が宮を置いた

 写真や動画で見ていた通りと言った感じですが、やはり私たち以外に観光客らしい人は見当たりません。 一般にここは ”飛鳥板葺宮” となっていますが、同じ場所に何度も王宮が建てられ、その都度名前も変えられたようです。 最初にこの地に宮を置いたのは629年、舒明天皇で 「岡本宮」 。 次は643年、皇極天皇で 「飛鳥板蓋宮」。 3度目は673年、天武天皇で 「飛鳥浄御原宮」。

 最初の岡本宮は火事で焼けてしまったので、次の板蓋宮は、場所は同じでも建物は全く別のようです。 3度目の浄御原宮は、まえあの板蓋宮の建物が残っていたので、それに別の建物を増築したようです。



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井戸の跡のようなものが残っている



こだわりのあった地

 今現在は敷石のようなものと、井戸の跡と思われるものが残っています。 この宮跡の周囲の3方は小高い山となっていて、北側だけに平地が拡がっています。 藤原宮などと比べると圧倒的に狭いところなのですが、この時代の天皇たちには、この地への強いこだわりがあったのでしょう。


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周囲三方は小高い山となっている
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