中村俊三 ブログ

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偽作の名曲いろいろ 3 ~濡れ衣編




坊主憎けりゃ

 バロック時代を代表する名作が実は20世紀の作品だったり、ハイドンの人気曲が全くの別人の作曲だったりとなると、世の中、何を信じればと言う気になります。

 正真正銘のその作曲家の名作であっても、この曲もしかしたら偽作じゃないの? とか。  この納豆、国産大豆100%、遺伝子組み換えなしって書いてあるけどホント?  国産牛って表記されているけど、値段からしたら輸入ものじゃないの? なんて気になりますね。

 こういうのを、なんていうんでしょうね、 「坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い」 ちょっと違うな、 「熱さに懲りて、なますを吹く」 かな?  それもちょっと違うな、ともかくついついいろいろなものを疑ってしまいますよね。




疑いをかけられた気の毒な作品たち

 そんなわけで、今回は本物であるにも関わらず、偽作の疑いをかけられてしまった気の毒な作品についての話となります。 それらの中には関係者の努力により冤罪が拭われ、晴れて本物と認められたものや、まだ裁判で係争中のもの、あるいは疑わしい点はあるものの、証拠不十分で、とりあえず無罪みたいな曲もあります。 






J.S.バッハ : トッカータとフーガニ短調BWV565




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誰もが知っているバッハの名作だが

 この曲は、バッハのオルガン曲としては 「小フーガト短調BWV578」 と並ぶ人気曲で、一般的にはバッハの代表作の一つと言われています。 「バッハの曲はこの曲しか知らない」 とか 「バッハにはあまり興味ないが、この曲だけは好き」 といった人もいるのではと思います。 特にこの曲の 「タ↓ラ↑ラ~~  (ラソラー )」  という部分は有名で、ちょっとした効果音的にも使われます。



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バッハのオルガン曲としてはたいへん人気のある 「トッカータとフーガニ短調」  モルデントによる最初の音は有名で、効果音てきも使われる。 ただし内容がバッハらしくないということで専門家の評価は低い。 このページを見ても確かにバッハらしくないオクターブ・ユニゾンが目立つ。





いかにも軽率、展開がない、ともかく内容がない?

 そんな誰でも知っているといったバッハの人気曲ですが、これが ”その筋の人” いや、一部のバッハの専門家たちからはたいへん評判が悪い。 「オクターブ・ユニゾンが続くなど、バッハの作品としてはありえない」 とか 「減7の和音の強調の仕方がいかにも軽率」 「全くバッハのフーガらしい展開がない」  「ともかく内容がない」 など散々です。




自筆譜などは残されていない

 この作品については、曲の内容からすると、バッハの若い頃の作品と言われていますが、バッハの自筆譜は残されてなく、18世紀半ば頃、つまりバッハの晩年の時期に写譜されたと思われる譜面が残されているだけのようです。 つまり絶対的にバッハの真作であるとは言いきれない部分もあるということになります。

 また、そうしたこと以上に、前述の通り 「この曲はバッハの真作ではない、バッハがこんなつまらない曲を書くはずがない」 、とその内容から真作を疑う人も少なくないようです。 そうしたことで、この曲は弟子、あるいは親族など、バッハの近親者の作品ではないかという説もあります。




ヴァイオリン曲からの編曲という説も

 また、この作品はヴァイオリン的な部分が多く、バッハが自ら、あるいは別の音楽家のヴァイオリン曲からの編曲ではないかという説もあります。 どうやら今現在はこのヴァイオリン曲からの編曲説がやや有力なようです。 確かにこの曲には部分的にヴィヴァルディの協奏曲のようなパッセージも出てきます。





フーガは内容が濃ければ濃いほど、一般の人にはわかりにくい

 専門家たちによる 「オクターブ・ユニゾンが多い」 「減7の和音の多用」 「展開が貧弱」 といったこの曲への評価は、裏を返すと、一般の人にはこの曲がシンプルで、たいへんわかりやすく、共感を持ちやすいと言った点にもつながります。 フーガという形式の曲は、その内容が優れていれば、優れているほど、逆に一般の人には理解しにくい傾向があります。





同じ 「トッカータとフーガ」 でも、ヘ長調というのもある

 同じ 「トッカータとフーガ」 でも 「ヘ長調BWV540」 はメンデルスゾーンも絶賛したほど、専門家からは評価の高い作品ですが、確かに一般の人には印象に残りにくいところもあります。 フーガはテーマが二つある二重フーガになっていて、最初のテーマは半音階的なものですが、声部も多く、各声部の音を耳でトレースしてゆくのはなかなか難しい感じです。





わかった上で作曲?

 この 「ニ短調」 の方は出だしが仰々しい割には中身がないということで専門家たちから不評なわけですが、表面的な効果やシンプルな部分が多いということは、前述のように一般の人には音が追いやすく、また何といっても ”つかみ” というか冒頭のインパクトの強い作品となっています。

 と考えると、あえてバッハは一般の人の気持ちを掴むために、このようなわかりやすく、聴きやすい曲を作った、などという深読みも出来なくもないかも知れません。 




他人の演奏は嫌いだが、自分で弾くのは好き?

 ところで、前述の ”一部の専門家” の中に、我が国ではバッハ演奏の第一人者とされている、オルガニスト兼指揮者の鈴木雅明氏も含まれます。 鈴木氏はその著作の中で 「鈴木さん自身では、この曲を弾かないのですか」 と聴かれた時、 「いえ、自分で弾くのは結構好きなんです、弾いていると気持ちが乗ってくるし。 でも他の人の演奏を聴くのはまっぴらですけどね」 と答えていました。

 言っていることがよくわかりませんが、要するにこの曲(トッカータとフーガニ短調)は結構ウケルということなんでしょう、ともかく音楽家という職業の人は ”ウケル” という言葉に弱い。 確かに、クラシック音楽といえど、 ”ウケルもの勝ち” といったところもありますからね。



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証拠不十分につき、無罪

 それで、結局この曲はどうなの、有罪なの、無罪なの? もちろん私にはそんなことわかりませんが、少なくとも今現在の音楽界では、偽作、あるいは他の音楽家からの編曲もあり得るが、はっきりそう言える根拠は特にない。 したがってとりあえずバッハの作品としておこう・・・・・・    といった感じです。

 つまり、 「その内容に疑わしい部分もあるが、証拠不十分につき、被告は無罪!  ただし当法廷はさらなる審理の必要もあると考えますので、原告には上告することをお勧めいたします。 以上で閉廷!」

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