中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

偽作の名曲いろいろ 4 ~濡れ衣編



ヴィターリ : シャコンヌ




以前にも書いたが

 以前、当ブログの 「シャコンヌ再考」 でも書いた曲ですが、このバロック時代のイタリアの作曲家、トマソ・アントニオ・ヴィターリのシャコンヌは、シャコンヌとしてはバッハの作品と並ぶバロック時代の人気曲です。 知名度などではアルビノーニの「アダージョ」には一歩譲るところもありますが、CDなどにもよく録音されています。




ちょっと聞いた感じではバロック時代のの作品と思えないほど濃厚

 この曲をウンチクなしで聴いた場合、多くの人はおそらくブルッフやビオッティなど、ロマン派のヴァイオリニストの作品のように思えるのではないかと思います。 それくらい、この曲はドラマチックで、濃厚なロマン派の作品のような味わいがあります。

 もっとも、そう聴こえる理由の一つとして、もともとはヴァイオリンのソロ・パートに通奏低音が付いているだけのものでしたが、現在聴かれるものは、ほとんどの場合、その低音を基に19世紀的なオーケストラ伴奏を付け加えていることもあります。

 


メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を初演したダヴィドの演奏で知られるようになった

 この曲が一般に知られるようになったのは、ダヴィドという19世紀のヴァイオリニスト (メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を初演したことでも知られている) が演奏したことによります。 ダヴィドはこの曲の原曲については、あまり明らかにしなかったようです。


 そして、この曲があまりにもロマンティックな感じがするため、本当はバロック時代の作品ではなく、ダヴィドのオリジナル、つまり偽作ではないかと疑われたりもしました。 実際にダヴィドには偽作、つまり過去の音楽家などの名で作曲した作品があるようです。





IMG_20170413012109ac6.jpg
20世紀半ば頃活躍したジノ・フランチェスカッティのCD。 この演奏だとヴィターリのシャコンヌは19世紀のヴァイオリン協奏曲のように聴こえる。





大胆な和声で、転調もしている


 聴いた感じがロマンティックな感じが強いだけでなく、和声的にもバロック時代としてはかなり進んだもので、また通常シャコンヌは変奏曲である関係上、転調はしないのが普通ですが、この曲では大胆な転調もあります (転調好きなバッハでさえ、シャコンヌでは転調を用いていない!)。 




やはり有罪?

 つまり、この曲がバロック時代に書かれたとすると、かなり ”進んだ” メロディの作り方や、和声法となっているということで、いわば当時としては ”前衛的” な音楽と言うことになるでしょう。 そう考えると、この曲はかなり疑わしいですね。 状況証拠により有罪確定?




本人のものではないが

 ・・・・・いや、ちょっと待ってください。 確かにヴィターリ自身が書いた譜面は残されてはいないのですが、1710年~1720年頃、ドレスデンの音楽家のリンダーによって写譜されたと言う譜面が残されているのは確かなようです。


 下の譜面はネットでダウンロードしたもので、詳しい説明がなかったので、これがそのリンダーが写譜した譜面だという確証はないのですが、ヴァイオリンのソロ・パートに数字付の低音、つまり通奏低音が書かれています。 見た感じでは、やはりバロック時代に書かれた譜面と言った感じで、リンダーの譜面である可能性はあるように思います。



 

IMG_20150811153204104.jpg
ヴィッターリのシャコンヌの原曲と思われる譜面(ダウンロードによる) ヴァイオリン・ソロと通奏低音の形で書かれており、見た感じでは典型的なバロック時代の譜面。




 もっとも、19世紀以降の誰かが、いかにもバロック風の譜面に似せて書いたとなれば、話は違いますが、そこまで手の込んだことをやる人も、そうはいないのではないかと思いますので、 このシャコンヌが間違いなくヴィターリの作曲であると言う確証はないものの、少なくとも19世紀の作品ではなく、バロック時代の作品であると考えてよいのではないかと、素人ながら思います。




150年ほど作風が進んでいたため

 因みに、CDなどの解説では、偽作としているものが多いですが、真作としているものもあります。 専門家の中でも、まだ意見は分かれているようです。 要するに、ヴィターリの作風が150年ほど進んでいたために、あらぬ疑いをかけられてしまったと言うことでしょうか。




単なる印象や思い込みで決めつけるのは

  ・・・・・・結審!  「当法廷は被告の無罪を証明する証拠は確実に存在すると判断し、よって被告を無罪といたします。  余談ながら、単なる印象や思い込みで判断することは、何人も慎まなければなりません、特に何らかの法律上の権限を有する人々は。 そうしたことが、往々にして冤罪という、法治国家としてはあってはならぬ悲劇を生みだすきっかけとなります。   ・・・・・・以上もって閉廷!」
 
スポンサーサイト
コメント
コメントする
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する