中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

落ちる話 6




寺社方の吟味物取り調べ役が、江戸中の瓦版屋を集め

 「“おかみ” といえば、ちょいとばかし小耳に挟んだ話だが、

 この前、寺社方の前の吟味物調役の、後川様というえらいお役人様が、

 江戸中のかわら版屋を呼び集め、在任中にご老中の長門の守様から、

 ご老中が懇意にしているお坊さんのために寺を一つ建立するから、

 早急に許可を出せ、と強く迫られたことをお話なされた。





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 ご老中より強く迫られたといっても、ご老中から直々に言葉があったのではなく、

 何人かの側近のお役人から、

 『ご老中のご意向である』 と言われたらしい。 

 後川様は、

 『新たに寺を建立するに当たっては、これまでのしきたりにより、

 十分に吟味し、寺を建立する正当性、必要性があると認められなければなりませね。

 特に今現在は寺社が過剰気味で、新たに寺を建立するとなると、

 檀家の奪い合いにもなりかね候』

 と側近を通じて申し上げたそうなのだが、

 結局、後川さまは役職を罷免となり、寺は建立することになったらしい。 





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町奉行所    寺社奉行には大名が就任するが、奉行所はその大名の屋敷に置かれるために、「寺社奉行所」 という建物は存在しない





幕閣では

 そうした一連のことを後川さまは、長門の守さまの側近から渡された書付などの証拠を示しながら、

 かわら版屋たちに詳しく説明なされた。

 このことはそのかわら版を通じて江戸中の大名や旗本、御家人のお武家様から、

 私たち町人に至るまで皆知っているが、ご老中を中心とした幕閣は、

 そのようなことは知らぬ、存ぜぬ、で通している。

 若年寄の出羽の守さまは、その書付について、

 『そんなもの怪文書のようなものだ』 といっこうに、いっこうに取り合わなかったのだが、

 最近になって寺社奉行所のお役人たちも、 『その書付は本物にて候』 と言い出すようになり、

 しぶしぶ 『その件については、寺社奉行のほうで、よろしく取り計らう』 と、

 ちょっと言葉が変わってきた」




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江戸城本丸(家光の時代)の再現画像




飛ぶ鳥を落とす勢いのご老中長門の守

 「へえー、 ご老中の長門の守様と言えば、いま飛ぶ鳥を落とす勢いのご老中じゃねえですか。

 そんなお人にたてついて大丈夫なんですか、

 『ええい、幕府に逆らう不届き者! 腹を切れ! 』 なんて感じにならねえんですか。

 その、前・・・・ じゃねえ、後川様っていう人。 

 それにその寺社方の 『吟味ナントカ』 ちゅうの、 それなんすか? あまり聴いたことがねえんすが」




寺社奉行所の実質のトップ

 「『吟味物調役』 というのは、寺社奉行所では、奉行の次の地位の役職だ。

 寺社奉行には基本的に、お大名がなるが、もちろんお殿様だし、

 それにそんなに長くはやらない。 

 ただの“腰掛”と考えている人もいるようだ。 

 当然仕事の方はそんなに詳しくはない。

 一方この吟味物調役のほうは専門職みたいな感じで、長く務めることが多い。

 寺社方の仕事についても詳しく、奉行所はこのお役人が仕切っているとも言える。 

 形の上ではナンバー2だが、実質上の寺社奉行所のトップということだね。

 後川様も、当然今度のことは、ただではすまないとは思っているだろうね。

 でも、これだけ話が広まってしまうと、長門の守さまとしてもどうにもならないようだ。

 後川さまは、なにかご法度に触れることをしたわけでもないので、

 ご老中としても切腹を言い渡すことは出来ないようだね」






だんまりを決め込んでいれば


 「でも、その後川様、大人しくだんまりを決め込んでいれば、

 そう言う大役に就いた人だから、優雅な老後を過ごすことが出来たんじゃねえすかね、

 天下りとか、なんだかんだとか。 

 ご自分が隠居なさったとしても、ご子息たちは間違いなくえらい仕事に就くことが出来たろうし、

 それこそ、お家は末代までご安泰って感じで。 

 あらいざらい言っちまったことで、棒に振っちまったんじゃねえですかね、そういった “おいしい” ことを」





 「確かにね。 でも、そうしたことを全部捨ててまで今度のことを公にしたということは、

 よほど腹にすえかねていたことがあったのだろうね。 

 本当にご政道の危機を感じていたのかも知れない、

 このままではご政道が長門の守さまに私物化されてしまうのではと」





相模の守さまがご老中だった頃は

 「後川様はこんなことも言っていた。 

 強引さで知られていた前のご老中、相模の守様にはよく反対意見を申し上げて、

 その場では言い合いになったりもしたが、

 最後には「頑張りなさい」と励まされ、私たち目下のものの考えも真剣に聴いてくれた。

 なおかつ、そうしたことでなにかお咎めを受けることもなかったと、懐かしそうに言っていた」





 「相模の守さまは、やっぱし人格があったちゅうことですかね。

 それに比べると今のご老中の長門の守さまは、ちょっと品がねえちゅうんか」





誰が聴いているかわからない

 「やめとくれ、そんなこと大きな声で言うと誰が聴いているかわからないよ、

 この狭い長屋じゃ、しゃべっていることはみんな筒抜けだからね、

 自身番にでも告げ口されたらどうするんだね。

 それにしても 『知らぬ、存ぜぬ』 を通しているお役人様方の目は死んでいるね、

 みんな下を向て、簡単なことでも書付をみながら話している。

 『これは拙者の本心にはあらず、ただ上の命で言っているのみ』 ということなのかもしれないね」





懇意の者には手厚く

 「でも、なんで長門の守さまは強引に知り合いの坊さんのために寺なんか建ててやるんすか、

 前にもご正室の知りあいの学者が寺子屋を立てるちゅうんで、

 幕府の土地をただ同然で払い下げたなんて話もありましたね」





 「そうだね、長門の守さまはご老中になられてから長いこともあるが、そうしたことが目立つね。

 私たちには長門の守さまが、なぜそんなことをするのかよくわからないが、

 長門の守さまはそんなことをしながら、自分の力が大きいことを示そうとしているのかも知れないね。

 そうして便宜を図っている人たちは、長門の守さまとお考えを一つにしている人たちのようだ。

 つまり自分の考えに同調する人には手厚く便宜をはかり、逆に意見を異にする人たちには厳しくあたる、

 というのが長門の守さまの流儀らしい」





おぼっちゃま老中

 「身内には優しく、よそ者には厳しく。 自分には甘く、他人にはきびしい。

 やっぱし“おぼっちゃま”なんすね、それもかなり過保護な。 

 長門の守さまは、なんつっても代々、父方も母方もお大名の家で、

 老中を何人も出している家柄だから、そんなことあたり前か」





「八つぁんや、言葉には気を付けとくれ! 連座制っていうのもあるんだからね!」
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