中村俊三 ブログ

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バッハ:平均律クラヴィア曲集 6



第2番、3番は素通りしようと思ったが

 個々の曲については、大ざっぱに話を進めようと思っていたのですが、第1番から手間取ってしまいましたね。 第2番ハ短調と第3番嬰ハ長調は、とばそうかと思ったのですが、この辺曲は最初の方の曲で、聴く機会も多く、やはり素通りというわけにはゆきませんね。



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第2番ハ短調のプレリュード。  右手の方は、もともとはト音記号ではなく、ソプラノ記号を用いていた





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第3番嬰ハ長調のプレリュード



第2番のプレリュードは力強く、3番のプレリュードは軽快

 第2番ハ短調と第3番嬰ハ長調のプレリュードは、どちらも無窮動的で、練習曲風ですが、その性格は正反対と言ってようでしょう。 ハ短調のほうは、短調であるばかりでなく、拍頭が強調されるような音型なので、力強さが感じられ、第3番は8分の3拍子なので軽快な感じがあります。もちろん嬰ハ長調という調の関係もあります。

 テンポにつてはどちらも指定がありませんが、どちらも16分音符で書かれているので、比較的速いテンポで演奏しているピアニストやチェンバリストが多いですが、ただ、どの程度速く弾くかについては演奏者次第ということになります。

 どちらかと言えば、ピアニストは比較的速めに、チェンバリストはあまり極端でないテンポをとっていることが多いようです。つまりピアニストは速い曲と遅い曲との差が大きいが、チェンバリストは差が少ない傾向があるようです。




平均律曲集の楽譜について

 ここでちょっと、この平均律クラヴィア曲集の譜面について若干触れておきましょう。 今現在、ピアニストやピアノを学ぶ人たちがこの曲集を練習したり、あるいは演奏したりする場合、どういった譜面を使うのか、はっきりはわかりませんが、現在入手出来る譜面を検索すると、いわゆる ”原典版” あるいはそれに運指などを付けた、原典版を基にしたものが主流のようです。




チェンバロでは強弱を付けられない


 この曲集はやや抽象的にクラヴィア、つまり鍵盤楽器のための作品と言っているのですが、状況的にはチェンバロを想定しているということは前に言ったとおりです。

 チェンバロは鍵盤の叩き方 (チェンバロの場合は”押いかた”といったほうがようかも知れないが) によって音量は変わりません。 レジスターを切り替えたり、複数の鍵盤を使ったりなどで強弱は付けられなくはないのですが、譜面のほうに強弱記号が付く事はあまりありません。



当時の譜面には、基本的に音符以外のものは書かれない

 ヴァイオリンやオーケストラだったら当然強弱が付けられるわけですが、それでも、バッハを始め、バロック時代の譜面には強弱記号が付けられることはあまりありません。 さらにクレシェンドなどとなると、そういった記号そのものがなかった可能性があります。

 古典派のモーツァルトの譜面でさえ、クレシェンド記号はほとんどなかったように思います。 そうしたものが譜面に書かれるようになったのはベートーヴェン以降ではないかと思います。

 この時代(バロック時代)では、それらの強弱記号以外にも、アクセントやスタッカート、レガート記号なども譜面に付くことがなく、要するにこの時代の楽譜に、は音符以外のものはほとんど付く事がありません。 平均律では運指もありません。 



平均律では速度標語もほとんどない

 アンダンテやアレグロなどの速度標語は、この時代には通常付けられますが、この平均律曲集に関しては、ほとんど付けられておらず、第1巻では最後の24番に付けられているのみです。

 また、バッハが書いた譜面では、この譜面の上の段、つまり右手の方は、ト音記号ではなく、ソプラノ記号となってになっていましたが、これではさすがに現在のピアニストなどが戸惑うので、現在出版されている譜面は、原典版としてあるものでもト音記号に直してあります。 
 



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1970年ころ市販されていた第3番プレリュードの譜面。  しっかりと Allegro Vivace と書いてあり、メトロームの数値まで書いてある。 他に強弱記号やアクセント記号、スラー記号などもあるが、これら音符以外のものはすべてバッハが書いたものではない。 当時は楽器店などにはこうした譜面しかなかったので、ピアノを習う人は皆、こうした譜面を使っていたと思われる。



1970年頃は

 上の譜面を見て下さい。 これは私が1970年頃買った全音出版の平均律曲集の譜面です。 このよ譜面では、運指のみではなく、速度標語、強弱記号からスラー、アクセント、、さらにはメトロノームの数字までフルに入っています。  理由はお分かりの通り、現代になってから出版の際に付けられたものです。 

 特にメトロノームについては、出来たのがベートヴェンの時代で、譜面にメトロームの数値を記入したのはベートーヴェンが初めてとされていますので、バッハが書き入れることはあり得ません。



こうした譜面しかなかった

 先ほど言いました通り、今現在ではバッハの曲を練習したり、レッスンしたりする場合、基本的に原典版、あるいはそれに準じた譜面を使用しているのではないかと思います。 恐らく楽器店にも、あるいは音楽関係の通販サイトでも原典版が主流となっているようです。

 しかしこ1970年代では楽器店にはこのような譜面しかなかったと思います。 この全音出版のもの以外に音楽之友社の楽譜もありましたが、内容はほぼ同じだった思います。 その当時、原典版もなくはなかったのですが、原典版は輸入版しかなく、少なくともピアノ教室でバッハの曲を習う場合は、こうした国内販を使用していたのではないかと思います。

 また、指導している先生自身も、かつてこの譜面で練習し、レッスンを受けてきたと思われますので、自らの生徒さんに対しても、当然この譜面に従ってレッスンを進めたと考えるのが自然でしょう。



オリジナル楽器による演奏が注目された時代に

 いつ頃からピアノ教室でも、バッハに関する限り、原典版を使用するようになったのかは、よくわかりませんが、おそらく1970年代の後半から80年代にかけての頃ではないかと思われます。

 この頃からバロック時代の音楽などに対して、オリジナル楽器を使用して演奏する演奏家や、演奏団体 (ホグウッドやブリュッヘン、コープマンなど)が注目されるようになり、バロック音楽は、バロック時代の習慣に従って演奏すべきということが強く言われるようになりました。



その結果、原典版指向となった


 そうした流れで、バッハの鍵盤音楽をピアノで演奏する場合も当時の習慣に従って、と言ってもバッハの時代にはピアノは普及していなかったので、チェンバロの演奏法を考慮した上で演奏しなければならなという風潮が強くなり、少なくとも譜面はバッハが書いたものになるべく忠実なものを用いなければならないということで、原典版の普及につながったと考えられます。

 恐らく、今現在ではピアノ教室の現場で、バッハの曲に対してクレシェンドやデミニュエンドを付けたり、極端な強弱やテンポ・ルバートを要求する先生はあまりいないのではないかと思います。 もちろんこうした流れは私達ギタ―界にも及んでいる訳ですが、その話はまたにしましょう。 




間違った解釈だからと言って、消し去ってしまうのは得策ではない

 と言った訳で、最近はこうした譜面(速度標語やメトロノームの数字が入った譜面)は見かけなくなったのですが、では、こうした譜面は間違った解釈のもので、何の価値もないもの、あるいはこの世から消え去るべきものなのかというと、私は、これはこれで音楽史を語る上ではたいへん重要なものなのではないかと考えます。

 というのも、こうした演奏上の記号は、仮にバッハの音楽やバッハの意図に合致しないものであったとしても、突然誰かが何の脈絡もなく付けたものとは思えず、おそらくバッハの作品の演奏が一般的に行われるようになった19世紀半ばから20世紀前半くらいにかけて、多くのピアニストの共通項をとって出来上がったものと思えるからです。

 この書きこみには19世紀的な演奏法が詰まっていて、バッハぼ作品の演奏史上、たいへん重要なものであり、この譜面によって19世紀の音楽が見えてくる  ・・・・・・なんてこともあるのではと思います。 したがって、このような譜面をこの世から消し去ってしまうのではなく、あくまで19世紀的な解釈とした上で、出版などは続けてもよいのではと思います。
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