バッハ:平均律クラヴィア曲集 28
エドウィン・フィッシャー 1933~1936年録音
世界初の全曲録音
今回から私が聴いている平均律曲集のCDを紹介してゆきます。 最初は前回触れた ”世界初の全曲録音” 1933年~1936年にかけて録音されたエドウィン・フィッシャーのCDです。

Edwin Fischer (1886~1960)はスイス出身でドイツで活動したピアニスト。 1933~1936年に録音されたSP盤が3枚のCDとなっている。
SP盤からの復刻だが、リマスターで聴き易くなっている
1930年代の録音ということですから、SP時代の後期で、いわゆる電気録音の時代となります。 1920年代くらいまでは、アコースティック録音といって、歌手などが大きなラッパに向かって声を張り上げ、文字通り ”吹き込んでいる” といったものです。
この1930年代は一応 ”マイクロフォン” があって(当然と思うかも知れませんが)、そんなに頑張らなくても録音出来たということですね。 従って、同じSP盤でも比較的音質がよいわけですが、でもSP盤にはザーザーというノイズが入り、決して聴き易いものではありません。
でもこのCDはそうしたノイズは除去されていて、かなり聴き易いものとなっています。 しかしノイズと一緒に本体のほうも剥ぎ取られてしまうので、音はポコポコした感じですが、鑑賞には特に問題ありません。
何枚組?
SP盤は、この当時でも片面4分弱くらいしか録音出来なかったと思いますので、この平均律クラヴィア曲集、第1巻、第2巻 全部で、いったい何枚のSPになったのでしょうか。
単純に各プレリュードとフーガを片面ずつ録音したら、48枚となる訳ですが、テンポは全体に速めで、曲によっては片面にプレリュードとフーガが入ってしまうものもあるようです。 48枚よりは若干少ない枚数となるのではと思いますが、それにしても凄いですね。
おそらく価格の方もかなりのものだったのでしょう、こうした全集を買う人、あるいは買える人はかなり限定的だったでしょう。 それが今現在では3枚のCDで、価格も1000円台と、なんか、本当に昔の人に申し訳ないですね。
居眠りする暇はない
昔の人はソファーに座って(ソファーのない人は多分聴かなかっただろう)、パイプをくわえ、じっと姿勢を崩さず、ノイズの向こうのピアノの音に、したすら意識を集中して聴き入ったのでしょうね! 何といっても3分おきにディスクを交換しなければならないから、居眠りすることは出来ない!
子供の頃、父親に正座させられて聴かされた、などという話も、どこかで聞いたことがあります。 ・・・・・いろいろな意味で、今時はあり得ないでしょう。 でも逆に考えれば、こうした音楽を聴くということは強い意志がなければ聴けず、何となく、手軽に聴けてしまう現在よりも、ずっと集中して聴けたでしょう。
フィッシャーの演奏は、全体に速めのテンポ
前述のとおり、フィッシャーの演奏はかなり速めのテンポを取っています。 これは収録時間に限りのあるSP盤録音ということを考慮したとが考えられます。 またフィッシャー自身、比較的速弾きだったということもあるようです。 ・・・・・・・昔の人は速弾きの人が多かった。
かつて楽器店の棚に並んでいた ”全音出版編集部編” にかなり近い
しかし、メトロノームでテンポを測ってみると、以前話の出た ”全音出版編集部編” の楽譜に書かれているメトロノームの数字とかなり近いことがわかります。 さらによく聴くとスラーやスタッカートなどのアーティキュレーション記号、フォルテ、ピアノ、クレシェンドなどの強弱記号、ラレンタンドなどの速度変化記号と、フィシャーの演奏は、この全音の譜面に沿って演奏されているようです。
さらに、この全音版では、低音をオクターブ・ユニゾンで弾くことも提案されていますが、ここもそのように弾いています。 (このオクターブ下の音はチェンバロにはない)。 こうした点など、フィッシャーの演奏は、この譜面に限りなく近いものです。

フィッシャーの演奏は、以前紹介した全音版(出版編集部編)に非常に近い。 メトロノームの数字は、もちろんバッハが付けたわけではないが(バッハの時代にはメトロノームそのものがなかった)、かなり速めの数字となっている。 これはこの曲集を音楽的作品というより、練習曲と考えたからのようだ

第2番のフーガの最後の方には小音符でオクターブ下の低音が付いいているが、ここもフィシャーはこの通りに弾いている。
どっちが先?
さて、ニワトリとタマゴの話になりそうですが、全音の譜面がフィッシャーの演奏を参考にしたのか、フィッシャーが全音の譜面に従って弾いているのか。 しかし、フィッシャーが全音版をつかうことは考えられないので、全音の譜面の元となった譜面に従って弾いているのか、ということですね。
全音編集部編にはこの譜面の出展など、一切の書き込みがない
そこで、この ”全音編集部編” の譜面がどうしても気になるので、改めてこの譜面について検索してみたのですが、全く情報が得られませんでした。 恐らくピアノの教育現場に携わる人たちは詳しくご存じなのでしょうが、私のようなドシロウトには、なかなか手がかりがつかめません。 ・・・・・・ギョウカイの深いヤミ?
ともかく、この譜面には、出版された年も、どういった版に基づいているか、編集者は誰なのか、演奏記号や、運指は誰が書いたかなど、一切書かれていません。 ・・・・・と言った訳で、推測するしかないのですが。

当時(1990年頃まで)は当たり前に楽器店におかれていた全音の譜面で、多くの子供たちなどがこの譜面でピアノを習ったはずだが、今ではいつのまにか店頭から消えた。 ネットで検索しても出てこない。 世の中から抹殺されてしまったのだろうか?
戦後少しして出版されたのでは
特に全音出版の楽譜には出版年が書かれていないのですが、近い年代に出版されたと思われる音楽の友社のバッハの譜面が1950年代なので、おそらくその前後ではないかと思います。 ただしこれに近い譜面は戦前から出版されていたともかんがえられます。
1990年頃までは市販されていたと思うが、今は全く見かけない
私がこの譜面を買ったのは1972~3年頃だったと思いますが、同種の譜面が楽器店の棚にたくさん並んでいましたから、ピアノを習う人は、ほとんどこの譜面を使っていたのではと思います。 当時原典版も入手可能だったと思いますが、そうした譜面を使う人は限られていたのではと思います。
いつしかこの譜面は店頭から消えて言った訳ですが、少なくとも2000年には完全に消えていたと思います。 これは街のピアノ教室でもバッハに関する限り、原典主義というものが浸透していったのでしょう。
前時代的な悪しき演奏法?
現在でも原典版以外に運指の付いたものや、解説付きのもはありますが、メトロノーム数や強弱記号が付けられたものはないようです。 仮にあったとしても、それはバッハが付けたものではないことは明らかにしているのではと思います。
以上のことから、だいたいで言えば1990年前後くらいに時期にこの”全音編集部編” が楽器店の棚から消えたのではと考えられます。 この譜面は過去の ”悪しき習慣によるもの” として日本の音楽界から消されたのでしょうね。 ・・・・めでたし、めでたし。
されど、演奏史的には無視できないものでは
・・・・とは行きませんね、この譜面、決して突然降って湧いたものではない、ある時期、おそらく19世紀半ばくらいから20世紀半ばくらいまで、バッハの演奏の主流となっていたものなのでは、と考えられます。 確かに私に与えられた情報は限りなく少ないものですが、当時高く評価された(でなければ全曲録音など出来ない!)フィシャーの演奏との一致度からすれば、そうしたことが類推されます。
ツェルニー版との関係があるのか?
1830年代に出されたツェルニー版が入手できなかったので、はっきりしたことはわかりませんが、比較的速めのテンポ指示などからすれば、このツェルニー版との関わりも考えられるところです。
20世紀末に出されたと思われるブゾーニ版は入手できました。 ブゾーニ版は音としてはオリジナルのまま載せてあり、それに変更を提案している形です。 その提案はまさに ”ロマン的” で、主にダイナミックスの増大を図るものです。 強弱記号やアーティキュレーション記号も書きこまれていますが、これらは全音版とは全く異なるものなので、全音版はブゾーニ版の影響を全く受けていないようです。

ブゾーニ版第1巻第17番のプレリュード。 ブゾーニ版は原曲の音符は変えずに印刷されているが、それに注釈的にブゾーニによる変更が提案されている。 バスをオクターブ・ユニゾンにするなど、音量の拡大を図ったものが多く、まさにロマン的。 強弱記号やアーティキュレーション記号も添えられているが、これは全音版とは全く違う。
フィッシャーの演奏に戻るが
話が譜面の方に行ってしまいましたが、フィッシャーの演奏の方に戻りましょう。 フィッシャーの演奏はかなり速めのテンポで、強弱もかなりはっきりした演奏、つまり19世紀的、あるいはロマン派的な演奏と言ってよいでしょう。
かつての標準形
最近ではほとんど聴くことの出来ない演奏スタイルで、最近のバッハの演奏に親しんでいる人が聴いたら、多少奇怪な感じもするかも知れません。 しかし、このフィッシャーの演奏は当時最も評価された演奏で、いわばバッハ演奏の ”標準形” だったのではと思います。 前述の少し前まで、ピアノを習う人の、まさに ”お手本” だった演奏です。
愛好者必携の
このあと書いてゆきますが、戦後のピアニスト、あるいはチェンバリストでこうした傾向の録音を残した人は皆無で、そうしたことを考えても、またバッハ演奏史上において一つの時代を代表する演奏として、極めて貴重な録音ではないかと思います。 価格も安く、また入手もしやすいので、バッハ愛好家必携のアルバムと思います。
エドウィン・フィッシャー 1933~1936年録音
世界初の全曲録音
今回から私が聴いている平均律曲集のCDを紹介してゆきます。 最初は前回触れた ”世界初の全曲録音” 1933年~1936年にかけて録音されたエドウィン・フィッシャーのCDです。

Edwin Fischer (1886~1960)はスイス出身でドイツで活動したピアニスト。 1933~1936年に録音されたSP盤が3枚のCDとなっている。
SP盤からの復刻だが、リマスターで聴き易くなっている
1930年代の録音ということですから、SP時代の後期で、いわゆる電気録音の時代となります。 1920年代くらいまでは、アコースティック録音といって、歌手などが大きなラッパに向かって声を張り上げ、文字通り ”吹き込んでいる” といったものです。
この1930年代は一応 ”マイクロフォン” があって(当然と思うかも知れませんが)、そんなに頑張らなくても録音出来たということですね。 従って、同じSP盤でも比較的音質がよいわけですが、でもSP盤にはザーザーというノイズが入り、決して聴き易いものではありません。
でもこのCDはそうしたノイズは除去されていて、かなり聴き易いものとなっています。 しかしノイズと一緒に本体のほうも剥ぎ取られてしまうので、音はポコポコした感じですが、鑑賞には特に問題ありません。
何枚組?
SP盤は、この当時でも片面4分弱くらいしか録音出来なかったと思いますので、この平均律クラヴィア曲集、第1巻、第2巻 全部で、いったい何枚のSPになったのでしょうか。
単純に各プレリュードとフーガを片面ずつ録音したら、48枚となる訳ですが、テンポは全体に速めで、曲によっては片面にプレリュードとフーガが入ってしまうものもあるようです。 48枚よりは若干少ない枚数となるのではと思いますが、それにしても凄いですね。
おそらく価格の方もかなりのものだったのでしょう、こうした全集を買う人、あるいは買える人はかなり限定的だったでしょう。 それが今現在では3枚のCDで、価格も1000円台と、なんか、本当に昔の人に申し訳ないですね。
居眠りする暇はない
昔の人はソファーに座って(ソファーのない人は多分聴かなかっただろう)、パイプをくわえ、じっと姿勢を崩さず、ノイズの向こうのピアノの音に、したすら意識を集中して聴き入ったのでしょうね! 何といっても3分おきにディスクを交換しなければならないから、居眠りすることは出来ない!
子供の頃、父親に正座させられて聴かされた、などという話も、どこかで聞いたことがあります。 ・・・・・いろいろな意味で、今時はあり得ないでしょう。 でも逆に考えれば、こうした音楽を聴くということは強い意志がなければ聴けず、何となく、手軽に聴けてしまう現在よりも、ずっと集中して聴けたでしょう。
フィッシャーの演奏は、全体に速めのテンポ
前述のとおり、フィッシャーの演奏はかなり速めのテンポを取っています。 これは収録時間に限りのあるSP盤録音ということを考慮したとが考えられます。 またフィッシャー自身、比較的速弾きだったということもあるようです。 ・・・・・・・昔の人は速弾きの人が多かった。
かつて楽器店の棚に並んでいた ”全音出版編集部編” にかなり近い
しかし、メトロノームでテンポを測ってみると、以前話の出た ”全音出版編集部編” の楽譜に書かれているメトロノームの数字とかなり近いことがわかります。 さらによく聴くとスラーやスタッカートなどのアーティキュレーション記号、フォルテ、ピアノ、クレシェンドなどの強弱記号、ラレンタンドなどの速度変化記号と、フィシャーの演奏は、この全音の譜面に沿って演奏されているようです。
さらに、この全音版では、低音をオクターブ・ユニゾンで弾くことも提案されていますが、ここもそのように弾いています。 (このオクターブ下の音はチェンバロにはない)。 こうした点など、フィッシャーの演奏は、この譜面に限りなく近いものです。

フィッシャーの演奏は、以前紹介した全音版(出版編集部編)に非常に近い。 メトロノームの数字は、もちろんバッハが付けたわけではないが(バッハの時代にはメトロノームそのものがなかった)、かなり速めの数字となっている。 これはこの曲集を音楽的作品というより、練習曲と考えたからのようだ

第2番のフーガの最後の方には小音符でオクターブ下の低音が付いいているが、ここもフィシャーはこの通りに弾いている。
どっちが先?
さて、ニワトリとタマゴの話になりそうですが、全音の譜面がフィッシャーの演奏を参考にしたのか、フィッシャーが全音の譜面に従って弾いているのか。 しかし、フィッシャーが全音版をつかうことは考えられないので、全音の譜面の元となった譜面に従って弾いているのか、ということですね。
全音編集部編にはこの譜面の出展など、一切の書き込みがない
そこで、この ”全音編集部編” の譜面がどうしても気になるので、改めてこの譜面について検索してみたのですが、全く情報が得られませんでした。 恐らくピアノの教育現場に携わる人たちは詳しくご存じなのでしょうが、私のようなドシロウトには、なかなか手がかりがつかめません。 ・・・・・・ギョウカイの深いヤミ?
ともかく、この譜面には、出版された年も、どういった版に基づいているか、編集者は誰なのか、演奏記号や、運指は誰が書いたかなど、一切書かれていません。 ・・・・・と言った訳で、推測するしかないのですが。

当時(1990年頃まで)は当たり前に楽器店におかれていた全音の譜面で、多くの子供たちなどがこの譜面でピアノを習ったはずだが、今ではいつのまにか店頭から消えた。 ネットで検索しても出てこない。 世の中から抹殺されてしまったのだろうか?
戦後少しして出版されたのでは
特に全音出版の楽譜には出版年が書かれていないのですが、近い年代に出版されたと思われる音楽の友社のバッハの譜面が1950年代なので、おそらくその前後ではないかと思います。 ただしこれに近い譜面は戦前から出版されていたともかんがえられます。
1990年頃までは市販されていたと思うが、今は全く見かけない
私がこの譜面を買ったのは1972~3年頃だったと思いますが、同種の譜面が楽器店の棚にたくさん並んでいましたから、ピアノを習う人は、ほとんどこの譜面を使っていたのではと思います。 当時原典版も入手可能だったと思いますが、そうした譜面を使う人は限られていたのではと思います。
いつしかこの譜面は店頭から消えて言った訳ですが、少なくとも2000年には完全に消えていたと思います。 これは街のピアノ教室でもバッハに関する限り、原典主義というものが浸透していったのでしょう。
前時代的な悪しき演奏法?
現在でも原典版以外に運指の付いたものや、解説付きのもはありますが、メトロノーム数や強弱記号が付けられたものはないようです。 仮にあったとしても、それはバッハが付けたものではないことは明らかにしているのではと思います。
以上のことから、だいたいで言えば1990年前後くらいに時期にこの”全音編集部編” が楽器店の棚から消えたのではと考えられます。 この譜面は過去の ”悪しき習慣によるもの” として日本の音楽界から消されたのでしょうね。 ・・・・めでたし、めでたし。
されど、演奏史的には無視できないものでは
・・・・とは行きませんね、この譜面、決して突然降って湧いたものではない、ある時期、おそらく19世紀半ばくらいから20世紀半ばくらいまで、バッハの演奏の主流となっていたものなのでは、と考えられます。 確かに私に与えられた情報は限りなく少ないものですが、当時高く評価された(でなければ全曲録音など出来ない!)フィシャーの演奏との一致度からすれば、そうしたことが類推されます。
ツェルニー版との関係があるのか?
1830年代に出されたツェルニー版が入手できなかったので、はっきりしたことはわかりませんが、比較的速めのテンポ指示などからすれば、このツェルニー版との関わりも考えられるところです。
20世紀末に出されたと思われるブゾーニ版は入手できました。 ブゾーニ版は音としてはオリジナルのまま載せてあり、それに変更を提案している形です。 その提案はまさに ”ロマン的” で、主にダイナミックスの増大を図るものです。 強弱記号やアーティキュレーション記号も書きこまれていますが、これらは全音版とは全く異なるものなので、全音版はブゾーニ版の影響を全く受けていないようです。

ブゾーニ版第1巻第17番のプレリュード。 ブゾーニ版は原曲の音符は変えずに印刷されているが、それに注釈的にブゾーニによる変更が提案されている。 バスをオクターブ・ユニゾンにするなど、音量の拡大を図ったものが多く、まさにロマン的。 強弱記号やアーティキュレーション記号も添えられているが、これは全音版とは全く違う。
フィッシャーの演奏に戻るが
話が譜面の方に行ってしまいましたが、フィッシャーの演奏の方に戻りましょう。 フィッシャーの演奏はかなり速めのテンポで、強弱もかなりはっきりした演奏、つまり19世紀的、あるいはロマン派的な演奏と言ってよいでしょう。
かつての標準形
最近ではほとんど聴くことの出来ない演奏スタイルで、最近のバッハの演奏に親しんでいる人が聴いたら、多少奇怪な感じもするかも知れません。 しかし、このフィッシャーの演奏は当時最も評価された演奏で、いわばバッハ演奏の ”標準形” だったのではと思います。 前述の少し前まで、ピアノを習う人の、まさに ”お手本” だった演奏です。
愛好者必携の
このあと書いてゆきますが、戦後のピアニスト、あるいはチェンバリストでこうした傾向の録音を残した人は皆無で、そうしたことを考えても、またバッハ演奏史上において一つの時代を代表する演奏として、極めて貴重な録音ではないかと思います。 価格も安く、また入手もしやすいので、バッハ愛好家必携のアルバムと思います。
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