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中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

バッハ:平均律クラヴィア曲集 33


グレン・グールド 3


ゴールドベルク変奏曲



1981年盤 ~世を去る1年前の録音

 グールドは亡くなる1年前の1981年に再度ゴールド・ベルク変奏曲を録音します。 まさに白鳥の歌といったところでしょうか。 CDジャケットで見る写真は、まだ年齢が50歳に満たないとは思えないほどだいぶ変わっていました。 

 もちろん演奏もだいぶ変わり、55年盤とは正反対と言ってもよい演奏かも知れません。 特にテーマはかなり遅く、55年盤では 1:53 でしたが、81年盤では3:05 となっています。 繰り返しを省略していますから、他の演奏者と比べてもかなり遅い方といえます。



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81年録音のゴールドベルク変奏曲  55年盤では38分ほどだった演奏時間も50分を超えている(一部のへんそうでは前半のみリピート) 風貌もだいぶ変わった。




これ以上小さく弾けないくらい

 録音なので絶対的な音量のことはわかりませんが、雰囲気からすれば、テーマは遅いだけでなく、かなりの弱音で弾かれているようです。 もともと音量が大きいとは言えないグールド、これ以上小さな音では弾けないというくらい小さな音で弾いているようにも思えます。

 第1変奏以降も55年盤に比べるとかなり遅いですが、一般的にはこれくらいのテンポで弾く奏者も少なくないので、普通と言えば普通です。 この81年盤には55年盤では一切行っていなかったリピートを、いくつかの変奏では前半のみ行っています。




間を取らずに次の変奏に移る


 55年盤では速い変奏と遅い変奏の差が大きかったですが、この81年盤では全体が遅めなので、その差は大きく感じません。 音量なども変奏によってかなり変えていることは同じですが、この81年盤では変奏と変奏の間を全く取らずに次の変奏に移るので、そうした差はより大きく感じます。

 このゴールドベルク変奏曲ではそれぞれの変奏は独立しているようになっているので、ほとんどの奏者は変奏と変奏の間は、少し空けて演奏しています。 グールドも54年盤、55年盤ではそのように間をあけて演奏していますが、この81年盤では、全体で一つの作品ということで、全く間を取らずに演奏しているのだと思います。




さらに遅く、小さく

  変奏30のクオドリベットのあとに再度テーマが現れる訳ですが、グールドはこの最後のテーマを、冒頭よりもさらに増して遅く、またさらに小さな音で、本当に消え入るような音で演奏しています。 まさにグールド・ファンへの、また現世との惜別の歌と言った感じです。


 
グールドのバッハ演奏は

 グールドのバッハの演奏を簡単にまとめるとすると、まず、19世紀ロマン派的な演奏スタイル(エドウィン・フィッシャーに代表されるような)から脱し、また、当時浸透し始めていた厳格主義(ヘルムート・ヴァルヒャに代表されるような)からも距離を置き、さらに当時、コンサート・ピアニストには当然のごとく必要とされていたヴィルトージティも拒否するもので、自らの知性と感性に従って演奏すると言ったものであると言えます。



アンチテーゼなピアニスト

 別の言い方をすれば、グールドというピアニストは ”アンチテーゼ” からなっていた、とも言えます。 ロマン派的な演奏、 厳格主義、ヴィルトーゾ偏重、そうしたものへのアンチテーゼとしてグールドの演奏はあるのかも 知れません。




アンチテーゼの対象は何といっても自分自身

 しかしそのアンチテーゼは、何よりも自分自身にむけられているように思います。 1960年頃に録音されたブラームスの間奏曲集には、私たちがバッハやベートーヴェンで知っているグールドの姿はありません。 非常にロマンティックに、またレガートに演奏しています。 これが本当のグールドの姿だと言う人もいます。



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1960年録音のブラームス間奏曲集  ここには私たちがゴールドベルクや平均律で知っているグールドとは全く違うグールドがいる。




81年盤は55年盤のアンチテーゼ?

 とすれば、溌剌としたテンポ、情感を込めるよりもクリヤーに発音するためのスタッカート、不自然な流れも厭わない変奏ごとの極端なテンポや音量の変化、こういった55年のゴールドベルクは、浪漫的であり、感傷的な、そうした自分の音楽へのアンチテーゼとも考えられます。

 また、音楽を感じる自分と考える自分。 演奏中の自分とプレーバックを聴く自分。 昨日の自分と今日の自分。 グールドにはこうしたそれぞれ対立した”自分”がいるようです。 この81年録音のゴールドベルクは、この世への惜別の歌とも考えられますが、単に55年盤へのアンチテーゼであるだけとも考えられます。
 



情熱の全くない「熱情」?

 グールドはバッハ以外にもモーツァルトやべーとーヴェンのソナタも録音しています。 全く優雅でも軽快でもないモーツァルト、全く情熱を感じさせない「熱情」、 ヴィルトージティを完全に否定した「皇帝」。 こうしtら録音を発表して世間を驚かせました。 これらも、やはりバッハの演奏同様、これまでの演奏習慣や価値観への反抗ともいえます。

 グールドのバッハは前述の通り、発表と同時に世界にセンセーションを巻き起こし、また多くのピアニストに影響を与えました。 しかしこれらのベートヴェンやモーツァルトに関しては、驚き以外のものはあまり残さなかったようです。




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1966年録音のストコフスキーとの「皇帝」  通常華麗に弾かれる冒頭のカデンツァを非常にゆっくり弾いている。 ストコフスキーとの共演になったのは、レナード・バーンスタインがこの遅いテンポを拒否したからともいわれている。




バッハの作品の演奏は多様なスタイルが可能であることを示した

 この違いは何だったのか? グールドの技術や音楽がバッハに合っていたと言うことも出来ますが、やはりそれぞれの作曲家の音楽の内容にその違いがあるのでしょう。

 グールドはバッハの演奏に関して、スタッカート奏法を導入したと言うことだけでなく、バッハの作品の演奏には多様な演奏スタイルが可能であることを示したと言うことなでしょう。 バッハの演奏は、その時代の演奏習慣などを学べば済む問題でも、また固定した演奏法がある訳でもない。




モーツァルトやベートーヴェンで成功しなかったのは

 逆に言えば、モーツァルトやベートヴェンの作品の演奏にはそれほど多くの多様性がある訳ではない、といったことも言えるのかも知れません。 そうしたことが。グールドの演奏に関してはバッハの作品のみが評価され、他の作曲家の作品に関してはあまり顧みられない要因とも言えるのでしょう。
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