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中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

美術の沖山先生 5


  =美人教師とメガネ中学生のお話=




人は物を見る時、先入観で見ている

 沖山先生は美術の授業でナカムラ君たちに次のように話しをしました。




 「人は物を見る時、客観的に見ているようで、かなりの部分思い込みや、先入観で見ている。

 いや、ほとんど思い込みだけで見ているといってもよい。 

 デッサンを行うには、まずその思い込み、先入観をすべて捨て去らなければならない。

 その対象をありのままに見る。 ただそれだけのことだが、それが最も大事なことだ。

 それがデッサンすることの最大の目的といってもよい。



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顔を無意識に大きく書いてしまう

 例えば、人物画を描く時、たいていの人は顔に比べると、手を小さく描いてしまう。

 自分の手を顔に当てて見なさい。 手は顔のほとんどを包むことが出来るくらい大きいことがわかるだろう。

 でも人間は顔の意識の方が高い、顔の方がより重要に思うので、自然に大きく描いてしまう。

 デッサンは白と黒の濃淡だけで表現する。 明暗だけで表現するわけだ。

 デッサンとは観察することがすべてだ。 デッサンを行うのは、観察眼を鍛えるためでもある。



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私たちが見ているは対象そのものではなく、反射した光を見ている

 どのように光が当り、どのように反射しているかをよく観察しなさい。

 全く同じものでも光の当たり方で全く違うものになる。

 白い花瓶が常に白いわけではない。 光のあたり方次第で黒にも、グレーにもなる。

 赤や青にだってなる。 私たちが見ているのは対象そのものではない、その対象が反射した光を見ているのだ。



その性質も表現しなければならない


 デッサンはその形だけでなく、その性質も表現しなければならない。

 硬いものなのか、柔らかいものなのか。 重たいものなのか、軽いものなのか。 温かいものなのか、冷たいものなのか」




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それまでのものとは全く違った

 沖山先生が、実際にどのような言葉で話したかは正確でないとしても、ナカムラ君は沖山先生の授業からこのようなことを学びました。

 特に、「描くことよりも観察することが重要」 と言ったことがナカムラ君にとっては最も記憶に残りました。

 そして、何といっても、沖山先生が言った通りにデッサンをしてみると、確かにそれまでナカムラ君が描いてきたものとは、全く違ったものになってゆきました。

 それまで絵なんて自分にはまともには描けないものと思っていましたが、こんな自分でも、正しいやり方でやれば出来ないものではないと思うようになりました。



よりいっそう真剣に沖山先生の話を聴く

 そして、何かこれまでにはなかった別の世界が開けたような気がして、デッサンも、また沖山先生の美術の授業もとても楽しいものになってゆきました。

 そして、いっそう沖山先生の話を真剣に聞くようになってゆきました。 沖山先生の話のひとこと一言を漏らさず聴き取り、すべて記憶に残そうとしました。




それまでの授業態度からすると

 授業中先生の話を真剣に聴くなどと言うことは、普通当然のことと思いますが、それまでのナカムラ君の授業中の態度からすれば、まさに革命的な出来事と言ってよいでしょう。 

 恐らくクラスの誰よりも、また10数年の彼の人生の中で、最も真剣に先生の話を聴いていた時期であり、先生を本当に信頼することを初めて経験したとも言えます。

 

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