美術の沖山先生 7
版画の授業
デッサンの授業が終わると、版画の授業となりました。ナカムラ君はそれまで版画なんてお正月の年賀状にするものくらいにしか思っていませんでした。
しかし沖山先生の授業を受けて、版画のイメージが全く変わりました。
版画は白と黒だけで表現するので、デッサンの延長でもありました。 これまでデッサンの指導を受け、多少なりとも身に付けたものが役に立つわけです。
しかし鉛筆でのデッサンの場合、同じ白黒でも濃淡をつけることが出来るのですが、版画には完全に白と黒しかありません。その点がデッサンとは異なる訳です。
限られた方法の中で
しかし版画は、その限られた手段の中で、デッサン同様にものの形だけではなく、質感も表さなければならないという訳です。
まずは下書きとしてデッサンから始まるわけですが、デッサンをするためには、しっかりと対象を見なければならない、つまりずっと見続けられるものを題材としないといけなかったので、ナカムラ君は鏡で見られる自分の顔を題材に選びました。
そして背景として二人の友達と教室の壁などを描くことにしました。
下書きのデッサンのほうは特に問題なく出来ましたが、実際に版画版にそれを貼って彫り始めるとなると、ナカムラ君には全くやり方がわかりません。
彫刻刀の基本的な使い方なども全くわからなかったナカムラ君を、沖山先生は丁寧に指導し、時々自ら彫刻刀で彫って見本を示しました。

いつもは怖いと思っていた沖山先生が
沖山先生は文字通りナカムラ君の手を取りながら、細かく教えた訳ですが、そんな時、ナカムラ君はなぜか沖山先生を怖いとは思いませんでした。
沖山先生が指導した内容と言うのは、大まかに言えば、細かい線を1本、1本重ねて、本来ないはずの濃淡を表すわけです。
たいへん細かく根気と集中力の必要なことで、失敗はゆるされません。
もともと嫌いだったが
それまでの彼だったら、こういった細かいことをやるのは大嫌いだったのですが、この時点では、そうしたことを全く苦痛と思わず、慎重に根気強く行うことが出来ました。
そうしているうちに、その質感や立体感などがだんだん表われるようになり、ズボンの皺やふくらみ、机の硬さ、顔の皮膚の質感、後の友達との距離、そんなものがだんだんと表れてきます。
そうなると彼はますます作業が楽しくなって、家に持ち帰って続きをやったりしていました。
いよいよ出来上がって
1枚の版画にしては、かなりの時間と労力を使いましたが、いよいよ出来上がって、先生から 「何とか展に出すから、提出するように」 と言われました。
彫り終わった版画版に墨を塗り、慎重に紙をのせて刷りました。
刷り上がってみると、自分の姿が、ちゃんと自分らしく見えて、また机や背景もそれぞれよくわかるようになっていて、立体感や、質感、距離感なども出ています。
ナカムラ君は自分でもなかなかよく出来たなと、感激でした。
ナカムラ君が刷った版画を見るなり
先生のところに持ってゆくと、沖山先生は彼の刷り上げた版画を見るなり、
「薄い! ダメだ! もっと墨を塗れ! もう一度やり直してこい!」
とたいへん強い口調で言いました。
ナカムラ君はそれをたいへん意外に思いました。
ナカムラ君自身ではたいへんきれいに仕上がったんじゃないかな、と思いましたが、もちろん沖山先生の言葉に異を唱える選択肢など、彼にはありません。
先生に言われたとおり、彼は先ほどよりは多少、多めに墨を塗って刷り、再度先生のところに持ってゆきました。
全然ダメだ、版画版持ってこい!
「全然駄目だ! 版画版、持ってこい!」
ナカムラ君は席に版画版を取りに戻り、それを先生に差し出しました。
沖山先生はその版画版を素早く受け取ると、これでもかとばかりに大量の墨を塗り始めました。

え、そんなに塗るの?
・・・・・え、そんなに塗るの?・・・・
と彼は驚きました。
先生は版画版にたっぷりと墨を塗り終えると、その上に用紙をのせ、“ばれん”で手際よく刷り上げました。
先生が刷り上げたものをみると、なんか真っ黒で、ちっともきれいには見えません。
それに墨を塗り過ぎたため、せっかく時間をかけて彫った細部などにも墨が入ってしまい、よくわからなくなっているところもあります。
ナカムラ君にはどう見ても先生が刷ったもののほうが良いようにはみえませんでした。
「これを出す! いいな」
と、沖山先生は自ら刷った彼の版画を持ってゆきました。
沖山先生の見る目って、変わっているな
・・・・・・先生が刷ったやつ、なんか真っ黒で汚らしいな。 それにせっかく時間をかけて彫ったところ、よくわかんなくなってるし。
どう見ても自分で刷ったほうがきれいで、上手そうに見えるんだけどな。
でも、先生がいいって言うんだから、まあ、いいか、オレ、別にどっちでも構わないし。
ていうか、逆らう訳にもゆかないし。それにしても先生の見る目って、だいぶ変わっているな・・・・・
とナカムラ君は思いました。
終わったら忘れてしまった
版画が出来上がって、先生に提出し、版画の授業が終わると、ナカムラ君はもう版画のことなどどこかに行ってしまい、“何とか展に出す”などと言うことも、後で先生から受賞したことを知らされるまで、完全に忘れていました。
版画の授業
デッサンの授業が終わると、版画の授業となりました。ナカムラ君はそれまで版画なんてお正月の年賀状にするものくらいにしか思っていませんでした。
しかし沖山先生の授業を受けて、版画のイメージが全く変わりました。
版画は白と黒だけで表現するので、デッサンの延長でもありました。 これまでデッサンの指導を受け、多少なりとも身に付けたものが役に立つわけです。
しかし鉛筆でのデッサンの場合、同じ白黒でも濃淡をつけることが出来るのですが、版画には完全に白と黒しかありません。その点がデッサンとは異なる訳です。
限られた方法の中で
しかし版画は、その限られた手段の中で、デッサン同様にものの形だけではなく、質感も表さなければならないという訳です。
まずは下書きとしてデッサンから始まるわけですが、デッサンをするためには、しっかりと対象を見なければならない、つまりずっと見続けられるものを題材としないといけなかったので、ナカムラ君は鏡で見られる自分の顔を題材に選びました。
そして背景として二人の友達と教室の壁などを描くことにしました。
下書きのデッサンのほうは特に問題なく出来ましたが、実際に版画版にそれを貼って彫り始めるとなると、ナカムラ君には全くやり方がわかりません。
彫刻刀の基本的な使い方なども全くわからなかったナカムラ君を、沖山先生は丁寧に指導し、時々自ら彫刻刀で彫って見本を示しました。

いつもは怖いと思っていた沖山先生が
沖山先生は文字通りナカムラ君の手を取りながら、細かく教えた訳ですが、そんな時、ナカムラ君はなぜか沖山先生を怖いとは思いませんでした。
沖山先生が指導した内容と言うのは、大まかに言えば、細かい線を1本、1本重ねて、本来ないはずの濃淡を表すわけです。
たいへん細かく根気と集中力の必要なことで、失敗はゆるされません。
もともと嫌いだったが
それまでの彼だったら、こういった細かいことをやるのは大嫌いだったのですが、この時点では、そうしたことを全く苦痛と思わず、慎重に根気強く行うことが出来ました。
そうしているうちに、その質感や立体感などがだんだん表われるようになり、ズボンの皺やふくらみ、机の硬さ、顔の皮膚の質感、後の友達との距離、そんなものがだんだんと表れてきます。
そうなると彼はますます作業が楽しくなって、家に持ち帰って続きをやったりしていました。
いよいよ出来上がって
1枚の版画にしては、かなりの時間と労力を使いましたが、いよいよ出来上がって、先生から 「何とか展に出すから、提出するように」 と言われました。
彫り終わった版画版に墨を塗り、慎重に紙をのせて刷りました。
刷り上がってみると、自分の姿が、ちゃんと自分らしく見えて、また机や背景もそれぞれよくわかるようになっていて、立体感や、質感、距離感なども出ています。
ナカムラ君は自分でもなかなかよく出来たなと、感激でした。
ナカムラ君が刷った版画を見るなり
先生のところに持ってゆくと、沖山先生は彼の刷り上げた版画を見るなり、
「薄い! ダメだ! もっと墨を塗れ! もう一度やり直してこい!」
とたいへん強い口調で言いました。
ナカムラ君はそれをたいへん意外に思いました。
ナカムラ君自身ではたいへんきれいに仕上がったんじゃないかな、と思いましたが、もちろん沖山先生の言葉に異を唱える選択肢など、彼にはありません。
先生に言われたとおり、彼は先ほどよりは多少、多めに墨を塗って刷り、再度先生のところに持ってゆきました。
全然ダメだ、版画版持ってこい!
「全然駄目だ! 版画版、持ってこい!」
ナカムラ君は席に版画版を取りに戻り、それを先生に差し出しました。
沖山先生はその版画版を素早く受け取ると、これでもかとばかりに大量の墨を塗り始めました。

え、そんなに塗るの?
・・・・・え、そんなに塗るの?・・・・
と彼は驚きました。
先生は版画版にたっぷりと墨を塗り終えると、その上に用紙をのせ、“ばれん”で手際よく刷り上げました。
先生が刷り上げたものをみると、なんか真っ黒で、ちっともきれいには見えません。
それに墨を塗り過ぎたため、せっかく時間をかけて彫った細部などにも墨が入ってしまい、よくわからなくなっているところもあります。
ナカムラ君にはどう見ても先生が刷ったもののほうが良いようにはみえませんでした。
「これを出す! いいな」
と、沖山先生は自ら刷った彼の版画を持ってゆきました。
沖山先生の見る目って、変わっているな
・・・・・・先生が刷ったやつ、なんか真っ黒で汚らしいな。 それにせっかく時間をかけて彫ったところ、よくわかんなくなってるし。
どう見ても自分で刷ったほうがきれいで、上手そうに見えるんだけどな。
でも、先生がいいって言うんだから、まあ、いいか、オレ、別にどっちでも構わないし。
ていうか、逆らう訳にもゆかないし。それにしても先生の見る目って、だいぶ変わっているな・・・・・
とナカムラ君は思いました。
終わったら忘れてしまった
版画が出来上がって、先生に提出し、版画の授業が終わると、ナカムラ君はもう版画のことなどどこかに行ってしまい、“何とか展に出す”などと言うことも、後で先生から受賞したことを知らされるまで、完全に忘れていました。
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