中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

バッハ:平均律クラヴィア曲集 30



 ヘルムート・ヴァルヒャ (Helmut Walcha 1907~1991 ドイツ)  1959~1963年録音





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ヘルムート・ヴァルヒャの13枚組のCD  この平均律曲集を始め、パルティータ、イギリス組曲、フランス組曲、ゴールドベルク変奏曲など、主要なバッハの鍵盤作品がチェンバロにより収録されている。



戦前にワンダ・ランドフスカがチェンバロでバッハを録音していたが


 第2次大戦以前にはワンダ・ランドフスカというポーランド出身の女流のピアニスト兼、チェンバリストがバッハの作品をチェンバロ(バッハの時代のものや、現在使われているものとはだいぶ違うらしいが)で録音していますが、この平均律曲集は録音していないようです。 おそらく戦前にはチェンバロでの平均律曲集の全曲録音は存在しないのではと思います。




ヴァルヒャの録音は1960年代を代表するもの

 チェンバロでの平均律曲集の全曲録音は、やはり戦後になってからと思われますが、その中で当時、特に知られていたのが、このヘルムート・ヴァルヒャの録音です。 チェンバロによる世界初の全曲録音かどうかはわかりませんが、それに近いものと思われます。 ヴァルヒャの演奏は、1960年代では厳格で、正統的なバッハの演奏として高く評価されていました。 



個々の曲のテンポの差が小さい

 ヴァルヒャの演奏は、全体にテンポはいくぶん遅めですが、個々の曲ごとのテンポの差があまりないのが特徴です。 それはそうですね、もともと速度指定はないわけですから。




厳格なイン・テンポ


  さらに、かなり厳格にイン・テンポを守っていて、曲の終りでほんの少しリタルダンドをかける他はほとんどテンポを変えずに弾いています。 最近のチェンバリストはもう少し柔軟に演奏しており、ヴァルヒャの演奏は、あまりイン・テンポ過ぎて逆に違和感を感じるくらいです。




楽譜に書かれていないことは一切行わない

 もちろんチェンバロの演奏なので、基本的に強弱は付けられない訳ですが、アーティキュレーションなどもほとんど行っていません。 一般的はスタッカートで弾くような音型でも特にスタッカートは用いていないようです。 つまりレガートとか、ノン・レガート、スタッカートなどの区別も、ほぼしていません。

 ともかく、譜面に書かれていないことは、一切行わないといったことを徹底した演奏スタイルで、現在ではよく行われる、装飾音を加えるなどということもありません。 かなり禁欲的な演奏とも言えるでしょう。





バッハの音楽って禁欲的? 色気を付けるなど、もっての外!


 もっとも、当時はバッハの音楽は基本的に禁欲的な音楽と思われていたのも確かです。 確かに私たちもかつて(1970年代前半)は 「バッハを演奏する時は、楽譜に書かれていないことは何もやってはいけない。 音符を変えてはいけないだけでなく、ヴィヴラートやグリサンドなどで色気を出すなど、もっての外! 音色や、微妙なニュアンスなどにこだわるのも本質的ではない!」 なんて思っていたものです。



正しいバッハの演奏とは

 要するに、この時代は、このように楽譜に書かれていない余計なことを一切しないのが ”正しい” バッハの演奏法と思われていた訳です。 こうしたことはこのヴァルヒャだけでなく、当時バッハの演奏で評価の高かったカール・リヒター、ヴァイオリンのヘンリク・シェリング、チェロのピエール・フルニエといった演奏家たちも、多少の差はあっても、基本的には同じスタンスだったと言えます。




今思えばカラヤンもベームも


 さらには ”楽譜に忠実に演奏する” といった意味では、この1950~60年代においては、バッハの演奏に限らず、クラシック音楽全体的な風潮だったとも言えます。 そういった意味では指揮者のカール・ベームや、ヘルベルト・フォン・カラヤンなどもその範疇に含まれると思われます。

 当時はカラヤンとベームは全く正反対の演奏で水と油みたいに思われていたのですが、今現在からすれば、たいへんよく似た演奏スタイルで、いわば”1960年代的演奏”とも言えます。 




バッハの時代の演奏について研究が進むのは1970年代以降
  
 1950~60年代の音楽家たちが、”楽譜にかかれた通りに” バッハを演奏といっても、その楽譜の読み方、あるいは解釈は依然として19世紀的だったと思います。 最近ではバッハの時代と19世紀以降の時代の楽譜の読み方、演奏の仕方に違いについてかなり研究されてきましたが、当時はそうしたものが不十分でした。



付点音符の解釈はバッハの時代と19世紀でが異なる

 例えば、付点音符(通常の点1個のもの)は19世紀以降においては、あくまで主音符の1.5倍となりますが、バッハの時代には状況により二重付点音符(1.75倍)であったり、また3連符的(3分の2)だったりします。 このことは、リヒターの管弦楽組曲第2番の序曲の演奏を、最近のコープマンなど、オリジナル楽器系の演奏と比べるとよくわかります。




真摯にバッハの音楽と対峙する姿勢は、今でも多くの人に共感を与える

 確かに、当時(1950~60年代)のバッハの演奏は、今日からすれば正しくなかった点はありますが、しかしその時代は、バッハの音楽を出来る限り忠実に再現しようという強い意思があったことは確かです。 そうしたことが、次の時代へと繋がって行き、よりバッハの時代の演奏に近いものへという現在の流れに繋がったのでしょう。

 かつて名演中の名演とされたリヒターのマタイ受難も、現在ではバッハの時代にはそのようには演奏されなかったとされていますが、しかし、今だに多くの人を魅了し続けている演奏でもあります。 多少方法が違ったとしても、その真摯な演奏スタイルには誰しも共感を覚えるのでしょう。 もちろんヴァルヒャの演奏にも同じことが言えるでしょう。



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カール・リヒターのマタイ受難は、現在ではバッハの時代の演奏と異なる点もあると指摘されているが、その真摯にバッハの音楽に対峙する姿勢には、いまだに多くの人が共感している。




13枚組のセット

 ヴァルヒャのCDの話に戻りますが、録音としてはLPステレオ録音の初期ということになり、比較的音質も良くなっているのですが、やはり今現在の録音とは若干違います。

 また、私が持っているものは写真のとおり、平均律曲集第1巻、第2巻を含め、パルティータ、イギリス組曲、フランス組曲、ゴールドベルク変奏曲など、バッハの主要な鍵盤音楽が13枚のCDとなって発売されているもので、価格もかなりリーズナブルなものです。

 

Fの音がちょっと変?

 ヴァルヒャの使用している楽器の音は、今現在のチェンバロとはちょっと違うようです。 現在のチェンバロはたいへんきれいな音がしますが、ヴァルヒャの使っている楽器はちょっと金属的な音がします。 さらになぜかF(ファ)の音が特に金属的に響き、ちょっと異質な音となっています。 




まさに正座して聴く音楽?

 歴史的な価値を考えれば、そうしたことなど取るに足りないこととは思いますが、耳にはやや辛いところも少しあるのは確かです。 しかし逆にそうしたこともバッハの音楽の威厳にもつながったでしょう。 厳格なイン・テンポだけでなく、音色的にもやはり禁欲的なのでしょう。  


  ・・・・・・・・まさに正座して聴く音楽と言うところでしょうか。      ・・・・・一応、西洋音楽だけれど。




  
バッハ:平均律クラヴィア曲集 29





<CD紹介 2>    ロサリン・テュレック (Rosalyn Tureck 1914~2003 アメリカ)  1952~1953年 モノラル録音






ロサリン・テュレック = 1950年代にバッハの演奏などで評価されていた


 SP録音時代、つまり1940年代までには、平均律曲集の全曲録音は、おそらく前回書いたエドウィン・フィッシャーのもののみだったと思われます。 1950年代になってLP録音が一般化されるようになると、チェンバロやピアノなどで全曲録音がなされるようになります。




 その代表的なものとして、このロサリン・テュレック(1914~2003 アメリカ)が1952~1953年に録音したものがあり、現在でもCDとして発売されています。 テュレックはピアノ以外にチェンバロも弾き、当時はバッハの演奏などで高い評価を受けていたようです(そうでなければ全曲録音など出来ない!)。





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グレン・グールドに影響を与えたピアニストとして知られている


 しかし今現在、このテュレックといえば、グレン・グールドが少年時代によく聴き、影響を受けたことの方が有名かも知れません。 今現在その録音がCDとして発売されていることも、そのことに無関係ではないでしょう。

 音質は1950年代のモノラル録音からの復刻CDなので、現在のものとはだいぶ異なりますが、リマスターによりかなり聴きやすくなっており、ノイズなどもほとんどなくなっています。





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テュレックといえば、グレン・グールドが少年期によく聴き、影響を受けたことで有名






テンポはゆっくり目だが、グールド同様にスタッカートを多用している


 テンポは全体的にゆったり目ですが、聴いてみると、確かにグールドが影響を受けたことがよくわかります。 特に16音符が連続するところなどで、通常(19世紀的な演奏)であればレガートに弾くところを、スッカート、あるいはノン・レガートで弾いています。 グールドのノン・レガートはこのテュレックにヒントを得たものかもしれません。 




その一方で伝統的な奏法も継承している

 こうしたことはテュレックがチェンバロを学んだことによるものと思われますが、しかし一方ではやはり19世紀からの伝統的な演奏法も感じられます。 曲によってはピアニッシモではじまり、クライマックスではフォルテッシモまで音量を増大してゆく方法もとられています。 当然のことながら幼少時にはそうした伝統的な奏法の指導を受けてきたのでしょう。




有名な第1番では

 有名な第1巻第1番のプレリュードでは、低音をしっかりと鳴らし、アルペジオの高音部に行くにしたがって音量を減らし、最j高音はかなり軽く弾いています。 グールドがこの高音部をスタッカートで弾いているのは有名です。

 テュレックの場合、スタッカートまでは使っていませんが、かなり軽く弾いているので、似たような印象はあります。 やはりグールドの演奏は、このテュレックを参考にしたものなのでしょう。




トリルがゆっくりなのは

 またグールドはトリルなどをゆっくり目に弾きますが、これもテュレックを参考にしたようです。 一般にピアニストはトリルなどをゆっくり目に弾くのを嫌うようです。 日本の著名なピアニストのマスター・クラスを聴講した時、そのピアニストが 「トリルはもっと速く弾きなさい、でないとピアノが下手そうに聴こえてしまう」 と言っていました。

 グールドは特にヴィルトーゾ的な弾き方を嫌ったので、トリルをゆっくり弾いたのかも知れませんが、テュレックの場合、全体が遅めなので、自然にトリルも遅くなったということでしょうか。




第1巻第4番嬰ハ短調、同第8番変ホ短調などはかなり遅めに

 遅いといえば、第1巻第4番嬰ハ短調、同第8番変ホ短調のプレリュードとフーガなどはかなり遅いテンポで弾いています。 なおかつ冒頭などはかなり弱音で始めています。 どちらも前に書いたとおり、声楽的なテーマを持つ堂々としたタイプのプレリュードとフーガなので、その大きさを出すためということなのでしょう。




第22番変ロ短調も印象的

 さらに特徴的なのは第22番変ロ短調です。 この曲はプレリュードもフーガも短くて、どちらかと言えばあまり特徴がある方ではないのですが、プレリュードもフーガもかなり遅めのテンポをとり、なお且つ出だしは弱音出はいり、だんだんにクレシェンドをしてゆき、曲の後半ではかなり音量を増してクライマックスを形成しています。

  こうした方法はまさに19世紀的な解釈ですが、ただフィッシャーと違う点はヴィルトーゾ的ではないという点でしょう。 このような演奏法は今現在も、またバッハの時代にも行われなかったことですが、 この曲(第22番)など、テュレックの演奏ではたいへん印象的な曲になっているのも確かです。
 



伝統的なものと新しいものが混在している

 まとめて言えば、テュレックの演奏は19世紀的な演奏法も継承しながら、同時に現在行われているような演奏法、つまりバッハの時代に行われたいたと思われる奏法も一部取り入れているといったものといえるでしょう。 1950年代ということを考えると、かなり進んだバッハの演奏法と考えられ、19世紀的な演奏と現代のものとの過渡期的な演奏とも言えるでしょう。

 


フィッシャーの方が評価されていた

 私自身では19650~60年代の状況はあまりよくわからないのですが、おそらく当時はフィシャーの演奏ほどはこのテュレックの演奏が評価されていたわけではなさそうです。 おそらく当時のピアノの先生は、自らの生徒さんには、このテュレックのものより、フィッシャーの演奏の方を参考にするように薦めたでしょう。 何といっても譜面(当時使われていた)に従って弾いている訳ですから。



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あまりありがたいとは思っていなかった?

 因みに、テュレックはグールドに影響を与えたピアニストとして知られるようになったわけですが、本人としてはそのことにあまり好感を抱かなかったと言われています。

 テュレックからすれば、グルードのような ”カゲキ” な演奏には違和感を感じたのでしょう。 テュレック自身は、特にこれまでの古い演奏習慣を打ち破るとかといった意識は特なく、むしろ伝統的なスタイルを重んじたのかも知れません。 この両者は表面上は似た部分がありますが、中身としては全く正反対のものかも知れません。




グールド派にもアンチ・グールド派にも

 グールドの件は若干置いておくことにしても、このテュレックの演奏はなかなか味のあるものです。 極めて繊細な味わいともいえるかも知れません。

 確かにフィッシャーや、ある意味グールドのようなハイ・テンションの演奏ではありませんが、しみじみとしていて、心和む演奏です。 こうしたバッハの演奏もあってよいのでしょう。 グールドが好きな人はもちろん、そうでない人にも満足のゆく全曲アルバムだと思います。
バッハ:平均律クラヴィア曲集 28




エドウィン・フィッシャー  1933~1936年録音



世界初の全曲録音

 今回から私が聴いている平均律曲集のCDを紹介してゆきます。 最初は前回触れた ”世界初の全曲録音” 1933年~1936年にかけて録音されたエドウィン・フィッシャーのCDです。




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Edwin Fischer (1886~1960)はスイス出身でドイツで活動したピアニスト。 1933~1936年に録音されたSP盤が3枚のCDとなっている。



SP盤からの復刻だが、リマスターで聴き易くなっている

 1930年代の録音ということですから、SP時代の後期で、いわゆる電気録音の時代となります。 1920年代くらいまでは、アコースティック録音といって、歌手などが大きなラッパに向かって声を張り上げ、文字通り ”吹き込んでいる” といったものです。

 この1930年代は一応 ”マイクロフォン” があって(当然と思うかも知れませんが)、そんなに頑張らなくても録音出来たということですね。 従って、同じSP盤でも比較的音質がよいわけですが、でもSP盤にはザーザーというノイズが入り、決して聴き易いものではありません。

 でもこのCDはそうしたノイズは除去されていて、かなり聴き易いものとなっています。 しかしノイズと一緒に本体のほうも剥ぎ取られてしまうので、音はポコポコした感じですが、鑑賞には特に問題ありません。 




何枚組?

 SP盤は、この当時でも片面4分弱くらいしか録音出来なかったと思いますので、この平均律クラヴィア曲集、第1巻、第2巻 全部で、いったい何枚のSPになったのでしょうか。

 単純に各プレリュードとフーガを片面ずつ録音したら、48枚となる訳ですが、テンポは全体に速めで、曲によっては片面にプレリュードとフーガが入ってしまうものもあるようです。 48枚よりは若干少ない枚数となるのではと思いますが、それにしても凄いですね。

 おそらく価格の方もかなりのものだったのでしょう、こうした全集を買う人、あるいは買える人はかなり限定的だったでしょう。 それが今現在では3枚のCDで、価格も1000円台と、なんか、本当に昔の人に申し訳ないですね。




居眠りする暇はない

 昔の人はソファーに座って(ソファーのない人は多分聴かなかっただろう)、パイプをくわえ、じっと姿勢を崩さず、ノイズの向こうのピアノの音に、したすら意識を集中して聴き入ったのでしょうね!  何といっても3分おきにディスクを交換しなければならないから、居眠りすることは出来ない!  

 子供の頃、父親に正座させられて聴かされた、などという話も、どこかで聞いたことがあります。  ・・・・・いろいろな意味で、今時はあり得ないでしょう。 でも逆に考えれば、こうした音楽を聴くということは強い意志がなければ聴けず、何となく、手軽に聴けてしまう現在よりも、ずっと集中して聴けたでしょう。



フィッシャーの演奏は、全体に速めのテンポ

 前述のとおり、フィッシャーの演奏はかなり速めのテンポを取っています。 これは収録時間に限りのあるSP盤録音ということを考慮したとが考えられます。 またフィッシャー自身、比較的速弾きだったということもあるようです。  ・・・・・・・昔の人は速弾きの人が多かった。



かつて楽器店の棚に並んでいた ”全音出版編集部編” にかなり近い

 しかし、メトロノームでテンポを測ってみると、以前話の出た ”全音出版編集部編” の楽譜に書かれているメトロノームの数字とかなり近いことがわかります。 さらによく聴くとスラーやスタッカートなどのアーティキュレーション記号、フォルテ、ピアノ、クレシェンドなどの強弱記号、ラレンタンドなどの速度変化記号と、フィシャーの演奏は、この全音の譜面に沿って演奏されているようです。

 さらに、この全音版では、低音をオクターブ・ユニゾンで弾くことも提案されていますが、ここもそのように弾いています。 (このオクターブ下の音はチェンバロにはない)。 こうした点など、フィッシャーの演奏は、この譜面に限りなく近いものです。




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フィッシャーの演奏は、以前紹介した全音版(出版編集部編)に非常に近い。 メトロノームの数字は、もちろんバッハが付けたわけではないが(バッハの時代にはメトロノームそのものがなかった)、かなり速めの数字となっている。 これはこの曲集を音楽的作品というより、練習曲と考えたからのようだ




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第2番のフーガの最後の方には小音符でオクターブ下の低音が付いいているが、ここもフィシャーはこの通りに弾いている。




どっちが先?

 さて、ニワトリとタマゴの話になりそうですが、全音の譜面がフィッシャーの演奏を参考にしたのか、フィッシャーが全音の譜面に従って弾いているのか。 しかし、フィッシャーが全音版をつかうことは考えられないので、全音の譜面の元となった譜面に従って弾いているのか、ということですね。



全音編集部編にはこの譜面の出展など、一切の書き込みがない

 そこで、この ”全音編集部編” の譜面がどうしても気になるので、改めてこの譜面について検索してみたのですが、全く情報が得られませんでした。 恐らくピアノの教育現場に携わる人たちは詳しくご存じなのでしょうが、私のようなドシロウトには、なかなか手がかりがつかめません。 ・・・・・・ギョウカイの深いヤミ?

 ともかく、この譜面には、出版された年も、どういった版に基づいているか、編集者は誰なのか、演奏記号や、運指は誰が書いたかなど、一切書かれていません。 ・・・・・と言った訳で、推測するしかないのですが。




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当時(1990年頃まで)は当たり前に楽器店におかれていた全音の譜面で、多くの子供たちなどがこの譜面でピアノを習ったはずだが、今ではいつのまにか店頭から消えた。 ネットで検索しても出てこない。 世の中から抹殺されてしまったのだろうか?




戦後少しして出版されたのでは

 特に全音出版の楽譜には出版年が書かれていないのですが、近い年代に出版されたと思われる音楽の友社のバッハの譜面が1950年代なので、おそらくその前後ではないかと思います。 ただしこれに近い譜面は戦前から出版されていたともかんがえられます。



1990年頃までは市販されていたと思うが、今は全く見かけない

 私がこの譜面を買ったのは1972~3年頃だったと思いますが、同種の譜面が楽器店の棚にたくさん並んでいましたから、ピアノを習う人は、ほとんどこの譜面を使っていたのではと思います。 当時原典版も入手可能だったと思いますが、そうした譜面を使う人は限られていたのではと思います。

 いつしかこの譜面は店頭から消えて言った訳ですが、少なくとも2000年には完全に消えていたと思います。 これは街のピアノ教室でもバッハに関する限り、原典主義というものが浸透していったのでしょう。




前時代的な悪しき演奏法?

 現在でも原典版以外に運指の付いたものや、解説付きのもはありますが、メトロノーム数や強弱記号が付けられたものはないようです。 仮にあったとしても、それはバッハが付けたものではないことは明らかにしているのではと思います。

 以上のことから、だいたいで言えば1990年前後くらいに時期にこの”全音編集部編” が楽器店の棚から消えたのではと考えられます。 この譜面は過去の ”悪しき習慣によるもの” として日本の音楽界から消されたのでしょうね。 ・・・・めでたし、めでたし。




されど、演奏史的には無視できないものでは

 ・・・・とは行きませんね、この譜面、決して突然降って湧いたものではない、ある時期、おそらく19世紀半ばくらいから20世紀半ばくらいまで、バッハの演奏の主流となっていたものなのでは、と考えられます。 確かに私に与えられた情報は限りなく少ないものですが、当時高く評価された(でなければ全曲録音など出来ない!)フィシャーの演奏との一致度からすれば、そうしたことが類推されます。




ツェルニー版との関係があるのか?


 1830年代に出されたツェルニー版が入手できなかったので、はっきりしたことはわかりませんが、比較的速めのテンポ指示などからすれば、このツェルニー版との関わりも考えられるところです。

 20世紀末に出されたと思われるブゾーニ版は入手できました。 ブゾーニ版は音としてはオリジナルのまま載せてあり、それに変更を提案している形です。 その提案はまさに ”ロマン的” で、主にダイナミックスの増大を図るものです。 強弱記号やアーティキュレーション記号も書きこまれていますが、これらは全音版とは全く異なるものなので、全音版はブゾーニ版の影響を全く受けていないようです。



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ブゾーニ版第1巻第17番のプレリュード。 ブゾーニ版は原曲の音符は変えずに印刷されているが、それに注釈的にブゾーニによる変更が提案されている。 バスをオクターブ・ユニゾンにするなど、音量の拡大を図ったものが多く、まさにロマン的。 強弱記号やアーティキュレーション記号も添えられているが、これは全音版とは全く違う。 





フィッシャーの演奏に戻るが

 話が譜面の方に行ってしまいましたが、フィッシャーの演奏の方に戻りましょう。 フィッシャーの演奏はかなり速めのテンポで、強弱もかなりはっきりした演奏、つまり19世紀的、あるいはロマン派的な演奏と言ってよいでしょう。 




かつての標準形

 最近ではほとんど聴くことの出来ない演奏スタイルで、最近のバッハの演奏に親しんでいる人が聴いたら、多少奇怪な感じもするかも知れません。 しかし、このフィッシャーの演奏は当時最も評価された演奏で、いわばバッハ演奏の ”標準形” だったのではと思います。 前述の少し前まで、ピアノを習う人の、まさに ”お手本” だった演奏です。



愛好者必携の

 このあと書いてゆきますが、戦後のピアニスト、あるいはチェンバリストでこうした傾向の録音を残した人は皆無で、そうしたことを考えても、またバッハ演奏史上において一つの時代を代表する演奏として、極めて貴重な録音ではないかと思います。 価格も安く、また入手もしやすいので、バッハ愛好家必携のアルバムと思います。



 
 

 

 
バッハ:平均律クラヴィア曲集 27



主には、弟子たちの教育のために用いられた

 平均律曲集は、インヴェンションなどとともに、主に弟子たちの教育にために用いられていたようです。 弟子のひとりのゲルバーには、3度にわたって平均律曲集第1巻を全曲連続演奏して聴かせたことが伝えられています。 バッハは多忙な仕事にもかかわらず、家族や弟子たちの指導を、こと細やかに行ったことが伝えられています。




時代は移り変わっていった

 バッハは生前より偉大な音楽家として尊敬されていましたが、それはバッハにゆかりのある音楽家や、また中部ドイツ地方といった限定された範囲内においてだったと思われます。

  バッハは1750年に亡くなっていますが、時代はすでに重厚なバロック時代から、もっと耳ざわりのよいロココ風の音楽がもてはやされる、前期古典派時代となってゆきます。




それでも一部の音楽家たちによって伝えられ、ベートーヴェンやモーツァルトも影響を受けた

 18世紀後半のヨーロッパでは、バッハのような厳格な対位法的な音楽はほとんど愛好されなくなりましたが、それでもバッハの音楽は、山脈から下る伏水流のように、一部の音楽家たちによって伝えられてゆき、やがてはモーツァルトやベートーヴェンの耳にも届くようになります。

 ベートーヴェンは若い頃この平均律曲集を学び、モーツァルトもウィーン時代(1780年代)にバッハの音楽を知るようになってから、その音楽にいっそう深みが、増してゆきます。 バッハの音楽なしには、モーツァルトの最後の3つの交響曲(第39番、40番、41番)や、レクイエムといった傑作は生まれなかったでしょう。




モーツァルトは幼少時に、末っ子のクリスティアン・バッハから手ほどきを受けた

 モーツァルトについて言えば、その幼少時にはイギリスに渡り、セバスティアン・バッハの末っ子のクリスティアン・バッハに音楽の手ほどきを受けました。 クリスティアン・バッハのCDなどを聴くと、モーツァルトの初期の曲にたいへんよく似ています。

 もちろん本当はクリスティアン・バッハの曲がモーツァルトに似ているのではなく、初期のモーツァルトがクリスティアン・バッハの音楽の影響を強く受けたということです。

 クリスティアン・バッハの音楽からスタートしたモーツァルトですが、最後は父親のセバスティアン・バッハによって完成されたともいえるかも知れません。 




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「ロンドンのバッハ」と呼ばれた、J.S.バッハ(大バッハ)の末っ子のヨハン・クリスティアン・バッハ。 18世紀後半では父のセバスティアンよりも有名だったようだ。 クリスティアンの作品はモーツァルトの初期の作品によく似ていて、父親の音楽とは全く印象が違う。




19世紀に入ると平均律曲集などのバッハの鍵盤音楽の出版が行われるようになる

 さて、18世紀中はごく一部の先見的な音楽家を除いてあまり関心を持たれなかったヨハン・セバスティアン・バッハの音楽ですが、19世紀に入ると、特にその鍵盤音楽が注目されるようになりました。 バッハ生存中、および18世紀中においては、バッハの作品はごくわずかしか出版されませんでしたが、1800年前後には平均律曲集を含む鍵盤作品が出版されるようになりました。




バッハの音楽の普及と同時に、混乱をもたらしたツェルニー版

 出版されたと言っても、今日のように大系的に整理されて出版されたわけではなく、出版者によって改訂された形で出版されたようです。 これらの中にはツェルニー編も含まれ、その後多くの音楽家たちがこのツェルニー編でバッハを学び、演奏することになります。



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ピアノの練習曲で知られているカール・ツェルニー。 1830年代に平均律曲集を改訂出版した。 このツェルニー版を入手しようと思ったが、簡単には出来ないようだ。 以前国内で出版されていた楽譜に付いている強弱記号や、メトローム記号は、このツェルニー版の影響を受けているのではと思われる。





 バッハの音楽の普及にツェルニーの果たした役割は大きいのでしょうが、同時にその恣意的とも言える改編によって、混乱を来したのも事実と言えます。 その影響はごく最近にまで及んでおり、以前紹介した全音版(メトロノーム記号などが付いいているもの)もチェルニー編の影響が考えられます。




1850年に旧バッハ協会設立

 1829年のメンデルゾーンによるマタイ受難曲復活により、バッハの愛好熱はいっそう高まることになり、1850年にはバッハ協会(旧バッハ協会)が設立され、旧バッハ全集が50年の歳月をかけ、1899年に完成されます。 これは、その時代を考えれば画期的なことと言え、極めて熱心な楽譜収集家や研究者たちの血と汗の結晶とも言えるでしょう。 




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旧バッハ全集の平均律曲集第1巻、第1番のプレリュード。 旧バッハ全集には多くの偽作が含まれていたりなど、あまり整理されていない。 特にその時点ではリュートのための作品は全く認知されておらず、そのほとんどは楽器不明の作品とされている。 しかしこの平均律曲集に関しては、現在原典版として出版されているものと、それほど大きくは違わないようだ。




新バッハ全集は10年前に完成したばかり

 しかしこの旧バッハ全集も完全なものとは言えず、1900年には新バッハ協会が設立され、1950年代から新バッハ全集の編纂が行われます。 この新バッハ全集が完成されるのは2007年ということで、これも50年を超える大事業となりました。 なお、私たちがよく目にするBWV番号は、この新バッハ協会によるもので、旧バッハ全集には作品番号的なものはありません。





初の全曲録音はエドウィン・フィッシャーのSP盤

 平均律曲集は1933~1936年に、エドウィン・フィッシャーによって初めて全曲録音されます。 私の知る限りでは、戦前の全曲録音としては唯一のものと思われます。 1950年代から現在まではチェンバロ、およびピアノ、さらにはオルガン、ラウテンヴェルクなど、様々な全曲録音が市場に出されますが、それらの中で私が聴いたものについて、次回より一つ一つ紹介してゆきましょう。

バッハ:平均律クラヴィア曲集 26


第2巻



 ちょっと変わったフーガ




第21番変ロ長調



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やたら高い音域ではじまるフーガ

 高い音域からテーマが始まり、さらに5度上にテーマが出てくるフーガです。 しばらくは右手も左手もト音記号で書かれていて、かなり先の方まで進まないと、ヘ音記号内の音が出てきません。 ただし、オリジナルではト音記号は使われていないので、あくまで現代譜に直した場合です。

 バッハのフーガというと、何か、どっしりとしたイメージがあり、 ちょっと聴いた感じでは、 「これホントにバッハのフーガ? 」 なんて気になります。




バッハの声って、どんな声?

 そう言えば、 バッハの地声は、今現在だれも聴いたことがない訳ですが、でもバッハの晩年の肖像画からすると自然と、威厳に満ちた低い声を想像してしまいます。 でも、本当は意外と高い声だったりするかも知れませんね。




信長が、頭のてっぺんから声をだしていたら


 テレビ・ドラマなどでも、信長とか家康とか、歴史的な偉人は低めの声で演じられますね。 でもおそらく体格などからすると現在の人よりも声は高かったでしょうね。  ・・・・・でも信長の声が頭のてっぺんから出るような声だったら、視聴率落ちるかな?




非和声音から始まる

 話がちょっとそれ気味ですが、音域が高いと、やはり何となくバッハのフーガらしく聴こえないのは確かです。 さらに変わっている点としては、テーマの最初の音が 「ド」 となっています。 

 この曲は変ロ長調ですから、主音の「シ♭」からテーマが始まることが最も多く、少なくとも主和音の和声音である 「レ」、 「ファ」 のどちらかとなるでしょう。

 この最初の 「ド」 は次の 「シ♭」 の装飾音的で、もちろん最初の小節は主和音となっていますので、そんなに異例なことをやっている訳ではないのでしょうが、でもやはりあまりないケースです。




アーテキュレーション、つまりリズムにこだわった

 3、4小節目にバッハが書いたスラー記号があり、バッハはアーティキュレーションにもこだわったことがわかります。 このフーガを1,2小節目の音型とそのスラー記号の付いた3,4小節目の音型の二つで出来ているようです。 他の素材などは使われず、比較的シンプルなフーガと言えるでしょう。







第24番ロ短調



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普通過ぎるのが変わっている?


 24番といえば、プレリュードについても書きました。たんちょうであるにも関わらず、軽快とも言えるリズムで、”ノリのよい” 曲と言った感じでした。 フーガの方ははそんなに変わっている訳ではないのですが、”変わっていないのが変わっている”とも言えるでしょう。



偉大なる曲集の最後を締める、ロ短調のフーガとなれば、誰しも身構える

 何といってもロ短調はバッハが最もこだわった調と言われ、またこの曲集、つまり平均律クラヴィア曲集第2巻の終曲ということですから、誰が考えても重厚で内容の濃いフーガを連想するのではないかと思います。

 しかし実際は、そうした先入観をあざ笑うかのように、とても ”軽く” また結構 ”普通な” フーガ” となっています。 まさに肩透かし状態です。






もったいない?

 なぜバッハは ”24のすべての調でプレリュードとフーガを書く” という試みを2度も行ったのかという話に戻りますが、「とりあえず第1巻を作ってみたが、プレリュードとフーガが結構余ってしまったので、”もったいない” から若干曲を作り足して第2巻にした」 
 あるいは 「第1巻が評判よかったので、周囲の期待に応えて第2巻を完成させた」 など、やや消極的な理由も考えられるでしょう。

 また逆に 「平均律曲集は、自らの鍵盤作品群の中核となるべきもので、そのためには両輪のごとく、2巻に及ぶ作品群が絶対に必要」 といった非常に強い意識で書かれたことも考えられます。

 そのことについては、私などでは全くわかりませんが、でもこうして全曲見てみると、なんとなく第1巻と第2巻の違いがわかってきます。  個々の曲の作曲年代は必ずしも第1巻の方が時期が早いとも言えず、特に第2巻では初期のものから晩年の作にいたるまで、かなり幅広くなっているようです。

 第1巻は確かに強い意識で書かれたものということは言えると思いますが、第2巻においてはより自由に、型にはまらず作品を書いているように思います。 バッハの遊び心のようなものも感じられます。 



最近よく聴くが、なかなか飽きない

 それと、このことが私たち ”ドシロウト” には最も大事なことなのですが、この 「平均律クラヴィア曲集第1巻、第2巻」 はその名前のようにカタイものではなく、 とても親しみやすいものです。  

 いろいろ屁理屈をコイておきながら何ですが、これらの作品は結構 ”癒し系” とも言え、聴きなれると、ベートーヴェンやモーツァルトのピアノ曲よりも親しみやすささえ感じます。 またバッハの他の鍵盤曲、例えばイギリス組曲やタッカータ集、フーガの技法といったものより変化に富んでいて、なかなか飽きないものです。

 まさに ”噛めば噛むほど” といったものでしょう。 「バッハの平均律はめんどくさい」 と思っていた皆さん! これを機に聴いてみて下さい!




次回からやっと本題に


 次回から、様々なアーティストにより平均律曲集のCDの紹介を行ないます。  ・・・・やって本題に入れた。