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中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

令和時代のギター上達法



アポヤンド奏法 1




CIMG2807トリ



右手の話は避けてきたが

 久々の上達法です。ギターを弾くには左手よりも右手がより重要と、これまで言って来ましたが、なだかんだと、右手の話をするのを避けてきました。右手については、弾くのも難しいのですが、やはり話をするのも難しいし、書き始めるとなかなかたいへんになりそうで、ついつい先延ばしにしてきました。

 しかしいつまでも避けていると ”やるやる詐欺” てなことになってしまうので、この辺で腹を括って始めることにしましょう。 もちろんですが、これは絶対に正しいとか、だれにでも言えることではありません。 私がこれまでに身に付けたことや、見聞きしたことについての記事と言うことになるでしょう。



歴史的に見たアポヤンド奏法

 まず、最初はアポヤンド奏法とアルアイレ奏法についてから始めましょう。 右手の弾き方は、大きくこの二つに分かれますが、ギタリストによっては、これらを区別しないと言う人もいるようです。しかし実際には弾いた後、次の弦に触れるか、触れないかとということで、やはりそのどちらかになるでしょう。

 これらの用い方は、その時代ごとに異なります。19世紀と20世紀で異なるだけでなく、この20年、30年くらいでも違ってきています。と言ったことから、まずその歴史的なことから話を始めましょう。



バロック時代ではリュートの演奏に準じたものと思われる

 17世紀ではギターは複弦で、どちらかと言えばラスゲアード奏法で、ジャラジャラと弾くほうが中心だったようです。しかしガスパル・サンスやロベルト・ド・ヴィゼーのようにリュート的な弾き方をしている人もいました。おそらくはリュートに準じた弾き方をしていたのではないかと思います。




リュート
この絵を見た限りでも、ima はアルアイレ奏法で、親指はアポヤンド奏法と考えられる




アルアイレ奏法が中心だが7、8コース以上の低い弦はアポヤンド奏法も

 リュートの場合、動画などで見る限りでは ima は間違いなくアルアイレ奏法で弾いています。 親指については弦によっても違うようですが、だいたい4,5コースくらいまではアルアイレ奏法で、そこから下の弦、特に7コース以下はほぼアポヤンド奏法のようです。 

 特に弦の数が多い場合は、親指がかなり上の方まで行くので、アルアイレ奏法はかえって難しくなるようです。それにアルアイレ奏法だと、次に弦を鳴らしてしまいがちですし、アポヤンド奏法で弾くことにより消音も出来ます。

 

theorboトリ
これはリュートではなくテオルボ。 14コースだったかな? ギターのように普通に持ったら、ネック(左側)が落ちてしまいますね。この写真ではちょっとわかりにくいですが、ストラップを使用しているようです。



アポヤンド奏法だと二つの音に聴こえてしまう?

 そうしたことからして、バロック・ギターではほとんどアルアイレ奏法を使用し、親指のみ場合によってはアポヤンド奏法を使うと言ったことではないかと思います。 因みに、私自身ではリュートを弾いたことがないのですが、リュートなどの複弦の楽器の2弦を im のアポヤンド奏法で弾くと(1弦は通常単弦なので)、ポロンとはっきりと二つの音に聴こえてしまうようです。アルアイレ奏法だとそれは目立ちません。



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複弦のバロック・ギター




 バロック・ギター バロック・ギターはラスゲアード奏法でかき鳴らすほうが多かったようですが、この絵では通常の弾き方のようです。リュートの弾き方と近かったのではないかと思われますが、やはりその形状からして、手のフォームは若干リュートの場合とは異なるようです。



19世紀に前半ではほとんどアルアイレ奏法

 19世紀に入ってもギターの演奏法はほぼ同じだったのではないかと思われます。の両方を用い、人差し指、中指、薬指はアルアイレ奏法と思われます。少なくとも19世紀半ばくらいまでは ima のアポヤンド奏法はあまり使われなかったのでしょう。

親指については、アグアドの教本によれば、親指の第1関節(一番先端の関節)を曲げて弾く方法を取っているで、単音、重音に関わらずアルアイレ奏法で弾いていたと考えられます。他のギタリストもほぼ同様だったのではないかと思います。



中にはアポヤンド奏法を用いていたギタリストも

 とは言え、絶対にアポヤンド奏法を使わなかったと断言するのは難しいでしょう。 19世紀半ば、あるは後半になってから突然アポヤンド奏法を使い始めると考える方が不自然で、主流ではなかったとしても、19世紀初頭からアポヤンド奏法で弾いていたギタリストがいたと考えるのが自然と思われます。

 

キュフ
キュフナーのアンダンテ  初級の比較的簡単な練習曲だが、部分的に重音となっているところがあり、単音でもアルアイレ奏法が用いられていたと思われる。


マルタ・アルゲリッチ




5月13、14日に、水戸芸術館でラヴェルの協奏曲を弾く

 今年から二十数世帯ほどの町内会長などやっております。何分これまでずっと自由業なんてやっているので、事務手続きなどは経験なく、前会長などに指導してもらって、なんとかやっています。その会長の仕事の一つが水戸市報の配布、と言っても実際には班長さんがやるのですが。

 先日、と言っても1月頃ですが、その市報をめくっていたら、なんと、水戸芸術館での水戸室内管弦楽団の演奏会に、いまやピアノ界のレジェンド、マルタ・アルゲリッチが出演するではありませんか。チケット予約が2月25日、9時からからと言うことだったので、何としてでもネット予約しなければと、その前日も明日忘れずに予約しなければと思っていました。しかし、なんとその当日気が付いた時にはすでに夕方!  間違いなくもうチケットなくなっているでしょう、おそらく発売と同時に売り切れでしょうね。



貴重なワルトシュタインの録音

 仕方がないのでCDで我慢しようということで、最近あらたに発売されたアルゲリッチのCDないか、と検索してみたら、新たにいくつかライブ録音のCDが発売されていて、その中にベートーヴェンのピアノ・ソナタ「ワルトシュタイン」を含むCDがありました。2枚組で他にラヴェル、ベートヴェンなどの協奏曲、ショパンのソナタ第3番なども収録されています。
 
 アルゲリッチはあまりベートーヴェンのソナタは弾いていませんが、それでも若い頃は多少演奏していたようです。ワルトシュタインの演奏はたいへん珍しく、これまでCDにはなっていなくて、始めて聴きます。 



アルゲリッチは若い頃しかソロを弾いていない

 御存じかも知れませんが、マルタ・アルゲリッチは20~21世紀を代表する超天才ピアニストということで、並外れた能力のわりにはレパートリーは少なく、リサイタルなどでもほぼ決まった曲しか弾きません。またピアノ独奏はは若い頃を除いて、録音もリサイタルも行っていません。

 ただし室内楽とか協奏曲とか、誰かと共演する形では、ずっと演奏していて、年齢的に考えれば、むしろほかのピアニストよりも積極的に活動しています。本当に”変”なピアニストですね、要するに、一人でステージにたつのは嫌だが、だれか一人でも他にいれば、むしろ積極的に演奏する、と言うピアニストです。

 確かに日常生活でもたいへん寂しがり屋で有名で、どんな人でも自宅に呼び寄せ、様々な人が自宅を出入りしているそうです。 それをステージにまで持ち込む人なんですね、ステージでも寂しがりやと、寂しがり屋もそこまで行く人はそんなにいないでしょう。



1970年、初来日時のライブ録音

 そんなわけで、ピアノ独奏のCD(LP復刻を含め),特にスタジオ録音のものは非常に限られていて、おそらく8枚、最後に録音したのは1984年頃と思います。しかし最近では6~70年代のライブ録音などがCD化され聴けるようになっていて、聴くことの出来るアルゲリッチのピアノ・ソロはそれなりに増えています。 とはいえ、やはり演奏する曲は同じものになりがちです。

 このベートーヴェンのワルトシュタイン、ショパンのソナタ第3番、ドビュッシーの版画の3曲は、1970年、東京の厚生年金ホールで、アルゲリッチの初来日時のものだそうです。 リサイタルであればもっとほかにも弾いているはずで、この3曲だけしかCDになっていなのはどうしてなのでしょうか。 リサイタルまるごとCDにしてもらったほうがファンとしては喜ぶとは思うのですが。

 曲が重複していると言ったこともあるかも知れませんが、もしかしたらアルゲリッチ本人の許可がなかったということも考えられるかも知れませんね。





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1970年前後、アルゲリッチ30歳前後のいくつかの会場でのライブ録音を収録した2枚組のCD。1970年、初来日時の厚生年金ホールでもワルトシュタインなども含まれている。



ぶっ飛びのワルツシュタイン!

 さて、実際に聴いてみると、これが驚き! すごいテンポ! 音量の変化が半端ない! こんなワルトシュタイン聴いたことがない! ワルトシュタイン・ソナタはベートーヴェン中期の作品で、ベートヴェンらしくエネルギッシュな曲ですが、これまで私自身では激しい曲というより、軽快でさわやかな感じで、聴いて心地よい曲と言ったイメージだったのですが、そんな生易しいワルトシュタインではないです。 まさにぶっ飛びのワルツシュタイン!



高血圧の方はご遠慮ください!

 特に第1楽章は強烈で、頭に全身の血液が上ったり、下がったりと、血圧が心配な方にはかなり危険な演奏と言えるでしょう。 確かにアルゲリッチは情熱的な演奏と言われていますが、特にCDではスタジオ録音のこともあって、少なくとも常軌を逸したものではありません。 このような演奏は、まさにライブならではとも言えるでしょう。  



ツンデレ?

 第2楽章になると一転して耳元でささやくような演奏、途中で一旦音量を上げますが、静かに第3楽章に繋げます。第3楽章は通常第1楽章と同じく、テンポの速い、エネルギッシュなものですが、アルゲリッチはまさに忍び寄るようにして第3楽章を開始します。

 同じ曲なのにこの第3楽章は第1楽章とは全然違う弾き方で、荒れ狂う第1楽章にたいして、こちらは旋律が丸みを帯びるように弾いています。 第3楽章でも強音の部分もあり、そういった部分では確かに力強く弾いていますが、しかし第1楽章とは異なり、”やさしさ”が目立ちます。 テンポもそれなりに速いのでしょうが、第1楽章が早かったせいか、ほぼ普通に感じます。

 この演奏、最近の言葉で言うと ”ツンデレ” と言うやつでしょう。高圧的に厳しい言葉を浴びせたかと思うと、次は耳元で甘い声で囁くみたいな。 きっと会場に詰め掛けたおじさんたちはメロメロになったんじゃなかと思います。




すでに80歳を超えて

 5月13、14日に水戸芸術館で行われるコンサートはディエゴ・マテウス指揮の水戸室内管弦楽団で、アルゲリッチがソロを弾くラヴェルのピアノ協奏曲の他、プロコフィエフの交響曲第1番、ストラヴィンスキーのプラチネッラ他となっています。 

 アルゲリッチは1941年生まれですから、もう80才越えているんですね、若い頃よくリサイタルをキャンセルなんかして、演奏会嫌いで有名だったのですが、今ではかえって積極的に演奏していますね。もちろん独奏なしですが。




2017年にも水戸芸術館に来ている

 水戸芸術館で演奏するのは何回目かわかりませんが、2017年に小澤征爾さんと演奏したものがCDになっています。
 

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2017年の水戸室内管弦楽団演奏会のCD。 ベートヴェンの交響曲第1番、ピアノ協奏曲第1番が収録されている。
令和時代の新常識 9



6.姿勢、特に手の形、弾弦その他が基本に述べたようになっているか?



先生が変わると、全然違うことを言う?

 今回は阿部先生の言葉の最後と言うことになります、姿勢や、手の形と言うことですね。 もちろんこうしたことは注意しながら練習しないといけないのですが、こうしたこともそのギタリストによって考え方が異なります。 何らかの理由で今まで習っていた先生と違う先生に習うよになった方など、おそらく言っていることが全く違うのに驚いたでしょう。

 これが唯一の正しい方法とか、理想のフォームとか、そういったものは基本的にないと思った方がいいでしょう。 結局のところ、その人に合ったフォーム、あるいはその人の音楽に合ったものを選択すると言ったことになるのでしょう。



最近は様々なギター支持具が市販されている

 特に最近は足台ではなく、様々なギター支持具を使うようになりました。今現在本当にたくさんのものが市販されてるようです。 時には全く見たことのないものを持ってくる生徒さんもいて、私の方でその使い方を聴いたるすることもあります。 



ギターレスト
ギター・レスト  ギター支持具としては最初に市販されたもので、私も使っている


エルゴプレイ
エルゴ・プレイ  これも使っている人が多い


支持具2
これもエルゴ・プレイと言うのかな?


支持具
上のものよく似ているが、名前はわからない


ギターパネル
始めて見た時は、どうやって使うものなのかわからなかった。 ギター・リフトと言うらしい。 他にもたくさん支持具があるようだが、私もよくわからない。



逆足も

 また様々な理由で通常の持ち方が出来なくて、例えば右足の方にギターを載せて弾く人もいます。 腰痛とか、股関節の関係でそうせざるを得ない、あるいはその方が弾きやすいということもあります。 アコースティック・ギターではこちらの方が主流ですね。

 実は私も練習の時などは右足にギターを載せることが多いです。というのも通常の持ち方(左足に乗せる)だと腰が痛くなって10~15分くらいしか続けて弾けません。 



たくさん弾く場合は左手が低い方がいい

 コンサートの際などはギターレストを使うのですが、これなら一時間くらいは弾いていられます。でもギターレストを使うと左手が上がり気味になるので、左手の疲労はやや早いです。コンサート当日の場合は特問題ありませんが、コンサートの前でたくさん練習しないといけない時には、左手が痛くなりやすいので、右足にギターを載せて弾く方が痛くなりにくいです。

 そういえばタレガの演奏写真を見ると、足台を低くして、かなり左手が下がったフォームをしています。見た目では弾きにくいいのではと思いますが、おそらくこれも長時間弾くためなのではないかと思います。タレガは毎日たくさんギターを弾いたのでしょうね。

 ちょっと話がそれましたが、この右足にギターを載せる方法は、ハイポジション、特に12フレット以上はたいへん押さえにくくなるので、コンサートでは弾けません。 ただ、弾き語りのように主にローポジションのコードを押さえるだけであれば、右足に乗せる方法でも問題ないでしょうね。




何でもいい訳ではない

 では、持ち方なんかなんでもいいのか、と言われると、もちろんそうではありません。どんな持ち方をしても、あるいはどんな道具を使ったとしても、基本的なところは押さえておかないといけません。



右肘の重みで支える

 先ず一つは 右肘でギターを支える と言うことですね、どんな形、どんな道具を使っても左手でギターを支えるようでは、ギターは弾けませんね、特にポジション移動したりすると、ギター7が落ちてしまったり(普通はそんなことないと思いますが)、動いてしまったりします。もちろん右手でギターを持つことも出来ませんね(小指でギターを支える人もいるが)。 

 結局、右肘のみでギターを支えるしかありません。詳しく言えば、右腿、左腿(ギター支持具)、胸、右肘 の4点でギターを支えることになります。 また右肘で支えると言っても、実際はギターの表面板の角に右肘を載せて、その重みで押さえるということになります。



やや上方に向ける

 次に、表面板は 垂直ではなく、やや上方に向けないといけません。もちろんやや上方であって、45度くらい傾けたりすれば当然押さえられなくなります。逆に、ほとんど垂直にギターを持つと、弦が見えなくなるだけでなく、体が前傾になってしまい、疲れやすくなったり、体が痛くなったりします。 また右手の薬指などが遠くなってしまって、空振りしやすくなるということもあるでしょう。



左前

 さらにネックはやや前方、30度くらい前方に向けます。 ギターを体の向きに対して真横、水平に待つと、左手を見る時、体をねじらないといけません。ギターを弾く場合、左手を見る機会は多いですから、真横だと頻繁にからだを捻ることになります。これもあまり体に良くないですね。 これについては、ギターの奏法理論で有名なカルレバーロもそのようなことを言っています。

 それにもう一点、楽譜を見ながら弾く場合、首を廻す角度が大きくなってしまいますね、そうすると当然楽譜を見失いやすくなります。ステージでの演奏の場合、これは致命傷になりますね、そうした経験のある方も多いのではないかと思います。そういった方はギターを持つ角度を考え直してみるといいでしょう。



弾きやすさと、疲れにくさ

 結論から言えば、ギターの持ち方は弾きやすさと疲れにくさで決まるということになりますね、今現在様々な支持具が市販されているもその関係です。では、どの支持具が一番いいのか、ということは私にもわかりません、いろいろなものを試して、自分に合ったものを選ぶしかないようですね、ちょっとお金がかかりますが。



形というより

 手のフォームに関しては、左手については以前書きましたが、右手については今後機会を改めて書くことにします。ただ、どちらかと言えば ”形” ではなく、どのように動かすかだと思います。さらには指先の感触、というか神経なのでしょう、いろいろ言っても ”目” で見て弾くわけではなく、指先で ”触った” 感触で弾く訳ですから。
 
令和時代の新常識 8



3.アルペジオの練習も毎日練習したか?
4.ひきにくい曲をぬかしたりしなかったか?
5.よくひけないうちに次に進まなかったか?
 一回もミスなしでひくことはできなくても同じ場所いつもミスするようではいけない




アルペジオについては音階練習と同じだが

 阿部保夫編カルカッシ・ギター教本に書かれていた言葉についてですが、今回はこの3つをまとめて話しましょう。 3.のアルペジオの練習については音階練習とほぼ重複するので、簡単にまとめると、もちろんアルペジオ練習そのものはたいへん重要ですが、初級段階と上級では内容も異なるでしょう。少なくとも毎日行う必要はないと思いますし、また同じパターンの練習を長期にわたって行いうのはあまり良いことではないでしょう。



確かにちゃんと弾けてから終わりにした方がいいが

 4.と5.はほぼ同じ内容と思いますが、弾きにくい曲を抜かしたり、ちゃんと弾けないうちに次の曲に進んではいけないということですね。確かにこうしたことはあまり良いことではない、できれば練習した曲はちゃんと弾けてから終わりにしたい、それはあるでしょう。

 しかし現実、そうはうまくは行かない、どうしても弾けない曲とか出てきますし、なんかあまりやる気にならない曲なんて言いうのもあります。そんな時どうしたらよいかということですが、そこで忍耐力というかあ、根性を発揮して、出来ないなら出来るまでやるというのも一つの方法かも知れません。なんとなくこの阿部先生の言葉も、それを勧めているようにも思います。スポコン的に言えば、絶対にこれが正解ですよね。




弾けないには弾けないなりの理由がある

 でも、出来ないことには出来ない理由があり、それを出来るようにするには相当なエネルギーが必要となります。努力によって得られる結果とそれに費やすエネルギー量とが釣り合うかどうかも考えなければなりません。 ある程度の努力で結果が出るのであれば、確かに出来るようにすべきですが、こうしたケースではたくさん練習してもなかなか出来るようにならないことも多いです。

 また、これが一番大事なことですが、仮にいわゆる中級段階としましょうか、その段階で努力の結果一つの曲(例えばソルの月光とか)が弾けるようになったと言っても、それはあくまで中級段階ということで、当然のことながらプロや上級者の演奏と同じレヴェルとは言えないことが多いです。

 確かに中にはギターを始めて間もない人で、こうした曲を非常に美しく、上手に弾く人もいますが、現実にはかなりの少数派でしょう。逆にギター歴何十年というベテランでもこうした中級程度の曲をあまり上手に弾けない人はたくさんいます。





あの、お皿にギザギザの突起がある

 やはり練習と言うのは効率が非常に大事となって来るでしょう、誰しも持っている時間は有限なわけすから、上達するには効率の良い練習法が必要という訳です。私はレッスンの時よく ”レモン絞り” の話をします。あのギザギザの突起があるお皿みたいなやつにぎゅうぎゅうやる話ですね。



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レモンの汁も最初のうちはジュワーと出るが

 レモン絞りも最初のうちはちょっと押しただけで汁がたくさんでますね、もちろんちょっと押しただけではもったいないので、さらにぎゅうぎゅうやりますね、するとだんだんでなくななる。でもまだもう少し出るんじゃないかって、さらにぎゅうぎゅうとやりますが、最後の方になると力をたくさん入れても、ポトリ、ポトリを少しずつしか汁が出ません。

 もし、レモンがたくさんあって、そのカスも気にしないのであれば、ちょっとギュっとやったら次、ちょっとギュッとやったら次と、次々と新しいレモンをしぼれば 短い時間で、なおかつ労力もあまり使わず、効率的にレモン汁を得ることが出来ます。

 もちろんそれではレモン代もかかるし、カスもたくさん出る。日常生活ではそんなもったいないことしませんね、人にもよりますが、普通は汁が全く出なくなるまで絞るでしょう。



たくさんの曲を練習したからといって、残飯が出る訳ではない

 しかし、ギターの練習について言えば、たくさんの曲を練習したからお金がかるとかはそれほどないでしょう(多少楽譜代はかかるけど)。 また、たくさんの曲を練習して、”弾きかじり” の曲がたくさんとなってしまい、おかげて家がごみ屋敷なった、なんて聴いたことありませんね、練習では残飯は出ません。



よりたくさんの曲を練習することが重要

 であれば、練習は最も効率的なところ、つまりそれなりの完成度のころまで練習して、そこそこ弾けたら次の曲に移る方が良いということになります。テストなどでも50点の人が70点にするのは頑張れば不可能ではないでしょうけど、95点の人が100点になるのはたいへんな努力が必要とります。何事も完璧に行うのは大変なことです。

 その”ある程度弾けるまで” の練習をたくさん繰り返せばよいという訳ですが、音楽というのはたいへん幅広い知識や経験が必要です。そうしたものを身に付けるには、やはりなんと言ってもよりたくさんの練習するのがよいと思います。一曲一曲の完成度を上げるよりは、よりいっそう幅広い知識、経験を身に付けることが上達の近道です。




指のトレーニングにはなるが

 それに、同じ曲をたくさん練習する場合、確かに指の運動能力に関してはそれなりの効果が期待できます。しかしギターを上手に弾くためには指が動くだけでは弾けません。ギターを上手に弾くために必要なのは、第一に「耳」で、次に「頭」、最後が「指」となります。

 この”聴く力”(どこかの首相みたいだが)と”考える力”を身に付けるには、同じ曲を何回も繰返して練習するより、多少弾けなくてもたくさんの曲に取り組む方がいいのは間違いありません。またギターを弾くだけでなく、たくさんの音楽を聴いたり、音楽関連の本を読むのも大事でしょう、楽譜を”弾く”ではなく、ただ”読む”練習と言うのもあるでしょう。




いいんです! それで!

 では、”弾きかじる” だけでちゃんとその曲を完成させないでいいのか? そんないい加減な練習で上達するのか? と心配になる方々も多いのではないかと思います。特にクラシックギターに真剣に取り組む人はそう考えるのではないかと思います。しかし、私流の結論から言うと、 いいんです!  それで!  

 ちょっと言い過ぎたかも知れませんね、確かにあんまりいい加減でも上達はしません。特に以前お話してようなギター演奏の基礎は身に付けなければなりませんし、また全く弾けていないのに一回だけ弾いて終わり、なんていうのもよいはずはないので、やはりそれなりの”程度”はあるでしょう。

 その”程度”とは、例えば、この言葉が載っているカルカッシ教本の練習曲などであれば、練習期間は2~3週間といったところでしょう。その人のレヴェルがこの教材に合っているであれば、一日一時間前後の練習で十分に弾けるでしょう。 もしそれで弾けないとすれば、それは教材が合っていないということになります。



50歩100歩?

 しかし時には特定の曲だけ弾けないとか、特定の部分だけ弾けないといったこともあります。そうした場合、私はむしろ積極的にその曲やその部分を無視して先に進むように指導しています。中にはそうしたことを気にする人もいますが、あまり気にせず次の曲に進むように言っています。

 先ほども言いましたとおり、弾けた、弾けないと言っても、実際にはそれほ大きな違いはないことが多いです。一応間違えずに弾けたからと言って、本当に上手に弾けたとは言えないことが多いです。 本当にその曲が上手に弾けるようになるには、その後たくさんの経験を積んで、本当の意味で上達しないと上手く弾けるものではありません。




10年後に上手に弾ければよい

 そうした場合、十年後くらいにまたその曲を弾いてみればいいと思います、その人が 順調に上達しているのであれば、その時にはきっと上手に弾けるようになるでしょう。それが最も重要なことではないかと思います。



 

 

令和時代の新常識 7




音階練習の仕方



最初は出来るだけ少ない音で

 前回は曲の中での音階は i,m の交互弾弦だけでなく、様々な弾き方がある話をしました。今回は実際に私の教室ではどのように音階練習をしているかについて話ししましょう。

  もちろん入学した当初は楽器の持ち方とか、右手での弾弦の仕方、基本的な楽譜の読み方などから始まるのですが、それはちょっと置いておいて、最初に行う音階練習としては、このようなものです。



音階例1




最小限の力でゆっくり押さえ、離す場合は力を抜くだけ

 1弦と2弦だけの5つの音からなります。当然のことながら、最初は出来るだけシンプルなものがよいと思います。1弦だけの3つの音でもいいでしょう。左手の件については以前にも書きましたが、繰り返しますと、各指は指先の中心部分で弦を捉え、ゆっくり、静かに、最小限度の力で押さえます。

 この時左指を叩きつけるように押さえたり、強く押さえ過ぎないと言ったことも書きました。正しい位置を最小限度の力で、ゆっくり押さえることはたいへん重要で、それが出来るかどうかで、ギターが上達するかどうかが決まってしまいます。

 また押さえた指を弦から離す動作もゆっくり、正確に言えば筋力で指を上に持ち上げるのではなく、押さえた指の力を抜くだけで指を弦から離します。押さえている力を抜きさえすれば、当然指は弦から離れるはずです。 少ない音である程度基本動作が出来たら、以下のように少しずつ音を増やしてゆきます。



音階例2




一応アポヤンド奏法から練習を始める

 右手については、まだ記事を書いていませんが、まずはやはりアポヤンド奏法で練習します。理由は前に説明した通りで、確かにアルアイレ奏法のほうが重要ですが、アルアイレ奏法のほうが難しく、その練習はアポヤンド奏法に馴染んでから行っています。



音階練習よりメロディの練習のほうが良いのでは?

 ところで、なぜ音階練習をしなければならないかという基本的な疑問についてですが、単音の練習ということであれば、いろいろな曲のメロディを弾いた方が良いのではないかとも考えられます。

 確かにその通りで、ともすれば無機的なトレーニングに終始してしまいがちな音階練習よりは、譜面の読み方、歌わせ方、など総合的に練習でき、また何といっても情感を込める練習にもなるので、単純な音階より、様々なメロディを弾いた方が効果的とも言えます。 

 

いくつかのことを同時に練習するのは難しい

 もちろん私の教室でもそのようなメロディの練習は重点的に行っていますが、”弦を押さえて弾く” といった基本動作だけに絞った練習は、初期の段階では絶対に必要となります。

 特に習い始めの段階ではいくつかの項目を同時に練習して、なおかつ身に付けるということはたいへん難しいことです。当然のことながら、その都度ポイントを一つ一つの項目ごとに絞って練習しなければなりません。



ポジション移動は別物

 ある程度音階練習が進んだら、下のようにポジション移動を含む音階練習となります。ポジション移動は動作的にも押弦などとは別で、はっきり意識しないと上手く出来ません。親指の移動など、意外と難しいので、私の教室ではこのポジション移動の練習には比較的時間を割きます。



音階例3



音階例4




同じ内容の練習は2~3週間くらいまで

 前にも言いました通り、あまり同じ練習をたくさん、長期にわたって行うと、”指が覚えてしまう” といったようなことになり、自分の頭で考えない習慣が付きがちになります。いわゆる、”頭が固く” なってしまう訳ですね。

 そうしたことを避けるために、私の方では同じ音階練習はあまり長くやらずに、内容を変えながら練習して行きます。個人差はかなりありますが、平均的にいえば、一つの練習は2~3週間程度です。

 仮にどうしてもその練習を長くやらなければならない場合でも、ある程度やったら上手く出来なくても、一旦中断し、しばらくインターバルを置いてから、また行うようにしています。こうすることにより、新たに考えることが出来、また場合によってはその人の力が付き、前に出来なかったことが出来るようになっていることもあります。




相手の音を聞き取る練習

 私の教室では以下のような二重奏の練習もよく行います。曲はバッハの鍵盤曲で、それをギターの二重奏曲のアレンジしています。
バッハの場合、このように音階で出来ている曲は多いですね、これも音階練習と言えば、音階練習でしょうか。

 こうした二重奏曲では、自分が正確に弾けるかどうかということよりも、相手のパートの音が聴きとれるかどうかが重要となるでしょう。 自分で弾くのが精いっぱいで、相手の人がどこを弾いているか、さらには合っているのか、合っていないのか分からないようでは二重奏は成立しませんね。でも実際にレッスンしてみると、そう言った人は決して少なくありません。



バッハブレー
イギリス組曲第1番の第Ⅱブレー(J.S.バッハ)のギター二重奏版




上級者では総合的な練習のほうが重要

 次はカルカッシの25の練習曲第18番ですが、これも音階と言えば、音階ですね。ちょっと断片的で、低音も付いていたり、また一見似ているようで音階ではなく、アルペジオになってるものもあります。実際の曲はだいたいこんな感じでになっていますね。



カルカッシ18
カルカッシ25の練習曲第18番



 独奏曲では単音の音階というより、このように低音や和音が入る場合の方が多いです。ちょっと低音が入るだけで単音の音階とはだいぶ違ってしまいますね。またアルペジオは、弾き方上は音階とほぼ同じとしても、アルペジオとして聴こえるように弾かなければなりません。

 通常、音階練習というと基本的に単旋律で行います、阿部先生が言っている音階練習もおそらくそう言った練習でしょう(アポヤンド奏法と言っているところからしても)。しかし実際の独奏曲の中では単旋律の音階というのはそれほど多くはありません。また、この曲(カルカッシの練習曲第18番)にはありませんが、スラー奏法を伴う音階もたくさんあります。

 したがって、基礎的な事が習得出来て、よりレヴェルの高い練習ということであれば、単純なアポヤンド奏法による音階練習よりもいろいろなパターンに対応できるような総合的な練習のほうがより必要性があるでしょう。

 



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